日本大百科全書(ニッポニカ) 「肢体不自由教育」の意味・わかりやすい解説
肢体不自由教育
したいふじゆうきょういく
肢体に不自由があるため、通常の指導では十分な効果をあげることができない幼児・児童・生徒に対して行われる特別な教育。肢体不自由教育を行うために特別に設置された教育施設に、特別支援学校(肢体不自由)と肢体不自由特別支援学級がある。2006年(平成18)現在、全国に特別支援学校は197校(在学者数1万8717人)、特別支援学級は小学校に1737学級(3024人)、中学校に576学級(893人)設置されている。
[中司利一]
沿革
外国における肢体不自由児のための特別な教育施設は、1800年代にドイツのブレーマーJ. G. Blömerによってベルリンに開設された治療施設に始まるといわれている。しかし、現存する最古の施設は、1832年クルツJ. N. E. Kurzがドイツのミュンヘンに開校した職業教育中心の肢体不自由特別技芸学校である。日本では、1932年(昭和7)に創設された東京市立光明学校(現、東京都立光明特別支援学校)が肢体不自由児を対象とした公的な特別支援学校の始まりである。この学校の開設は、東京帝国大学教授(当時)の高木憲次(けんじ)(1888―1963)の尽力によるところが大であった。
[中司利一]
対象
特別支援学校の対象となる者の障害の程度は次のとおりである。
(1)補装具の使用によっても、歩行・筆記等日常生活における基本的な動作が不可能または困難な程度のもの、(2)常時の医学的観察指導を必要とする程度のもの。これらの程度に達しない軽度の肢体不自由児は、特別支援学級または必要に応じて通級指導教室で通級による指導がなされる。
[中司利一]
指導の重点
特別支援学校の教育は、特別支援学校の「幼稚部教育要領」や「小学部・中学部・高等部学習指導要領」に基づいて行われる。教育目標は、一般の教育目標のほかに、肢体不自由に起因する種々の困難を改善・克服するために必要な諸能力の養成が目標とされる。また、肢体不自由児のなかには、運動機能障害に加えて知的障害や言語障害など他の障害をあわせもつ場合が少なくないが、こうした随伴障害をもつ場合には、それらの障害に対する指導も重要な目標とされる。
特別支援学校の教育課程は、(1)教科、(2)道徳、(3)総合的な学習の時間、(4)特別活動、(5)障害の改善・克服をねらいとした自立活動、の5領域によって編成される。
教科の指導計画を作成する際には、ひとりひとりの発達段階や障害の状態に応じた指導内容や指導方法が検討される。指導にあたっては、学習の困難を軽減するための補助手段や補助用具(たとえばコンピュータなど)が活用される。また、生活経験の不足を補い豊かにするための経験学習や、視聴覚教材による指導が重視されている。
自立活動の指導では「幼稚部教育要領」や「小学部・中学部・高等部学習指導要領」において、健康の保持、心理的安定、人間関係の形成、環境の把握、身体の動き、コミュニケーションに関することなどが、必要に応じて指導されることと定められている。
これらのなかで、肢体不自由教育では身体の動きについての指導がとくに重視されていて、そこでは姿勢と運動・動作の基本的技能や補助的手段の活用の指導、日常生活の基本的動作の指導、作業に必要な動作の指導などが行われる。このような自立活動の指導の重要性と専門性の高さが求められることから、特別支援学校(肢体不自由)を対象とした自立活動指導担当の教員免許状が創設されている。
ところで、特別支援学校の在学児には「たんの吸引」や「経管栄養」などの医療的ケアを必要とする者が少なくない。そこで、肢体不自由教育では、それらの知識や技術をもつ教員等による支援や医療機関との連携が重視されている。
[中司利一]
進路
特別支援学校高等部卒業生の進路のおもなものは、事業所、職業訓練校、リハビリテーション機関、社会福祉施設や大学などである。しかし障害の重度な者や、他に合併した障害をもっている者の進路は限られており、在宅の者も少なくない。これらの肢体不自由者を対象として、簡易作業や生活指導などをおもなねらいとした民間作業所や生活実習所のような通所制の小規模福祉施設が年々増設されている。
相談機関としては、各市町村の教育委員会、児童相談所、教育研究所、特別支援教育センターなどがある。
[中司利一]
『石部元雄他編『運動障害の教育と福祉』(1978・図書文化)』▽『三沢義一編著『運動障害の心理と指導』(1993・日本文化科学社)』▽『村田茂著『日本の肢体不自由教育(新版)』(1997・慶應義塾大学出版会)』▽『石川昌次著『肢体不自由教育論』(1996・中央法規出版)』▽『佐藤泰正編『特別支援教育概説』(2007・学芸図書)』