手足や体幹,顔,眼球,のど,首などの随意的な運動がうまく行えなくなった状態をいう。
随意的な運動を営む最終的な効果器官は随意筋,すなわち骨格筋であるが,その収縮は脊髄や脳幹にある運動ニューロンとそれから出る軸索によって支配されている。そこで,この運動ニューロンとそれによって作動する骨格筋からなる単位を最終共通経路final common path wayという。この最終共通経路の病変によって生じるのが末梢性運動麻痺であり,麻痺した筋肉はつねに緊張が低下し,高度に萎縮する。
一方,この最終共通経路に対して中枢神経の四つのおもな系統の調節系が作用を及ぼして,随意運動や不随意な自動的運動が営まれている。それは,(1)大脳皮質運動野からの系統(錐体路系),(2)脳幹網様体などに由来する系統,(3)小脳系,(4)大脳基底核系であり,これらの病変によって種々の運動障害が生じる。
大脳皮質運動野にある神経細胞であるベッツ巨大錐体細胞から出た軸索は,脳幹や脊髄の運動ニューロンに達して,シナプスで連絡する。これらの軸索のうち脊髄にまで達するものは延髄錐体medullary pyramidを通るため錐体路pyramidal tractと呼ばれる。この系統は,随意運動,とくに意志の力によるすばやい巧みな運動を行う際に作動して運動を調節する。この系統がおかされると,随意運動の麻痺が起こる。これを錐体路性の運動麻痺という。しかしこの場合には,最終共通経路の傷害による末梢性の運動麻痺と異なり,筋肉の緊張はむしろ高まることが多く,また反射的ないし自動的な運動は必ずしも失われるとは限らない。一方,この錐体路系の機能が異常に亢進すると,手足,体幹,顔面などに痙攣(けいれん)が生じる。
この運動調節系は,主として脳幹網様体,赤核,前庭神経核などに由来するもので,一定の姿勢を保持するための骨格筋の緊張や,反射の機能レベルをコントロールしている。錐体路系の調節が主として個々の筋肉の細かな運動に対して働くのに対し,この系統は,手足や体幹のいくつかの筋群の間の,よりまとまった運動を支配する。この系のみの単独の損傷は生じにくいが,大脳~間脳間の高位の構造が損傷されると,これらの部分から抑制されているこの系統の興奮が高まり,種々の形の筋緊張異常を呈するようになる。損傷が赤核より上方の場合は,手を屈曲させ足を伸ばす除皮質姿勢decortication postureを,また損傷が赤核より下方の上部脳幹にある場合は除脳姿勢decerebrate postureをとる。
小脳,橋(きよう),延髄オリーブ核などが関与した調節系で,最終共通経路を直接に支配するのではなく,錐体路系と脳幹網様体系の調節系に対して作用することによって,間接的にコントロールしている。機能的には,起立歩行時の身体の平衡や随意運動での個々の骨格筋の活動の時間的・空間的調整を行っている。したがって小脳系の病変では,筋肉そのものには影響を及ぼさないが,平衡障害や四肢の随意運動に際してのぎごちなさなど,小脳失調症を呈する。
大脳基底核は線条体(尾状核と被殻),淡蒼球,視床下核,黒質などからなっており,これが関与した調節系も小脳系と同様,最終共通経路を直接的にではなく,前2者すなわち錐体路系と脳幹網様体系の二つの調節系を介して間接的に運動を制御している。おもな機能は随意運動の量的な調節,姿勢の保持などで,ここがおかされて起こる運動障害にはきわめて多様なものがある。なかには正反対の病態を示すものもある。たとえば,線条体の病変では舞踏病のような不随意運動を生ずるが,これは運動の過多現象,すなわち過動症hyperkinesiaである。過動症にはこのほか,アテトーシスやジストニーなどがあるが,いずれも意志の力では止めることのできない異常運動である。一方,同じ大脳基底核の病変でも,黒質や淡蒼球がおかされると無動症akinesiaが起こり,筋肉の力は正常であるのに,随意運動の量が減って,なかなか動けなくなってしまう。しかし,この過動症と無動症はけっして対立するものではなく,一つの疾患のなかで共存することもある。たとえばパーキンソン症候群は大脳基底核がおかされる病気であるが,無動症のために随意運動が行えないのと同時に,手足の振戦(震え)という過動症が加わって,いっそう重篤にしている。大脳基底核の病変では,これ以外に種々の姿勢異常や筋緊張の変化などが生じることが知られている。
随意運動に影響を与える要因はほかにも数多くある。その一つに感覚情報のフィードバックがある。たとえば,手を伸ばしてなにかをつかみ取ろうとするとき,正しくつかみ取るには,視覚による空間の位置に対して,正しく定位してそこに正しく手を伸ばす運動が必要となる。このためには,視覚と手の位置覚,運動覚との間に綿密な対応がなされなければならない。したがって,感覚系からの情報が欠如すると,運動失調症と似た運動障害が起こる。このような形の運動障害は足の感覚障害があるとき著しい。足の運動覚や位置覚が失われると,足の屈伸やけり出しが不必要なほど大きくなり,歩行運動が障害される。
執筆者:岩田 誠
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