内科学 第10版 「肺性心疾患」の解説
肺性心疾患(循環器系の疾患)
肺性心疾患とは,肺実質,肺血管あるいは肺内ガス交換を一次性に障害することで生じた肺高血圧により右室の肥大や拡張をきたした状態と定義され,肺性心(cor pulmonale)ともよばれる.脊柱湾曲や胸郭変形といった肺外病変や睡眠時無呼吸といった換気障害に伴うものは含まれるが(表5-18-1),左心系の異常や先天性心疾患が原因で生じたものは含まない.
分類
肺性心疾患は,慢性の経過をたどる閉塞性あるいは拘束性肺疾患や肺血管疾患に伴う慢性肺性心疾患と,急性肺塞栓症に代表される急性肺性心疾患とに分けられるが,通常は慢性肺性心疾患を指すことが多く,本稿でもおもに慢性肺性心疾患について記載する.
原因・病態生理
肺性心疾患は表5-18-1に示したさまざまな呼吸器疾患をはじめ,肺血管を一次性に障害する肺動脈性肺高血圧症や血栓塞栓による肺高血圧症などに伴い生じる.一般には呼吸器疾患に伴う肺性心疾患に比べると肺血管を一次性に障害することによる肺性心疾患の方が肺高血圧をきたしやすくその程度も重篤となりやすい.
慢性肺疾患を基礎疾患とする肺性心疾患の発生機序は図5-18-1に示した通り,肺胞低酸素による低酸素性肺血管攣縮や二次性多血症による血液粘稠度亢進といった機能的因子の関与と,基礎疾患による肺血管の破壊,肺血管リモデリング(肺小動脈における血管平滑筋の増殖・肥大や内膜肥厚),血栓による閉塞といった構造的因子の関与により肺血管抵抗が増し,右室の構造的変化をきたすこととなる.進行例では右心不全が出現する.
疫学
欧米では肺性心疾患の基礎疾患として慢性閉塞性肺疾患が最も多く,肺性心疾患をきたす慢性肺疾患のうちの約80~90%を占める.わが国では以前は肺結核とその後遺症によるものが多く,過去50年以上にわたり40~80%を占めていた.しかし,最近では慢性閉塞性肺疾患や肺線維症によるものが増加してきている.
臨床症状
1)自覚症状:
症状として,呼吸困難(初期には労作時のみであるが進行すれば安静時にも出現する),易疲労感,動悸,胸痛,失神,咳などがみられる.右心不全が進行すれば肝うっ血に伴い,食欲不振,右上腹部不快感がみられる.拡張した肺動脈による左側反回神経圧迫で嗄声がみられることもある.いずれも軽度の肺高血圧では出現しにくく,症状が出現したときには,すでに高度の肺高血圧が認められることが多い.また,高度肺高血圧症には労作時の突然死の危険性がある.
2)他覚症状:
他覚的所見としては,低酸素血症に伴うチアノーゼ,頸静脈怒張,肝腫大,下腿浮腫,腹水などがあげられる.慢性閉塞性肺疾患,間質性肺炎ではばち指がみられることがある.さらに,頸静脈拍動におけるa波の増高,頸動脈拍動における小脈,右室肥大に伴う傍胸骨拍動,三尖弁閉鎖不全症に伴う第Ⅳ肋間胸骨左縁での汎収縮期雑音(吸気時に増強しRivero-Carvallo徴候とよばれる),肺動脈弁閉鎖不全症に伴う第Ⅱ肋間胸骨左縁での拡張早期雑音(Graham Steell雑音),Ⅱ音肺動脈成分の亢進,収縮期早期のクリック音,Ⅲ音,Ⅳ音を聴取することがある.ただし,重症肺気腫が基礎に存在すれば胸郭の前後径が増加し心音の聴診や心臓の触診が困難になる.
検査成績
1)血液検査:
慢性的な低酸素血症に伴い多血症が認められることがある.右室や右房の負荷を反映して,脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide:BNP)や心房性ナトリウム利尿ペプチド(atrial natriuretic peptide:ANP)が上昇する.また,右心不全をきたせばうっ血肝による肝機能異常が認められることがある.
2)胸部X線:
基礎疾患による異常所見に加えて,両側主肺動脈,右肺動脈下行枝,心陰影の右第2弓,左第2弓,第4弓,上大静脈の拡大がみられる(図5-18-2).側面像では右室拡大による後胸骨腔の狭小化がみられることがある.しかし,肺気腫では肺の過膨張により心陰影の拡大が目立たないことも多い.
3)心電図:
表5-18-2にWHO専門委員会による慢性肺性心疾患の右室肥大心電図基準を,表5-18-3に慢性閉塞性肺疾患に伴う慢性肺性心疾患の心電図所見を示す(図5-18-3).簡便かつ非侵襲的ではあるものの軽症例における感度は必ずしも高くないことより肺性心疾患の早期検出には適さない.
4)心臓超音波検査:
肺高血圧の有無を非観血的に診断する際に有用である.Bモード断層法では形態の変化を観察し,肺高血圧により右室や右房の拡張と,高度肺高血圧では心室中隔の左室側への偏位が認められる.また,肺動脈弁のE-Fスロープの減弱,a-dipの消失がみられる.ドプラ法にて三尖弁逆流速度を計測し,Bernoulliの式((肺動脈収縮期圧)=(三尖弁逆流速度)2×4+(右房圧10 mmHgと仮定))から推定した肺動脈収縮期圧が40~50 mmHg以上に上昇したり,肺動脈収縮期流速加速時間/右心室駆出時間(AcT/ET)<0.3などがみられる.また,右心不全例では,さらに肝静脈,下大静脈の拡張,呼吸性変動の減弱を認める.
5)胸部CT:
肺実質の変化だけでなく,造影剤を使用することで慢性肺血栓塞栓症の肺動脈内器質化血栓も観察可能である.
6)MRI:
右室の肥大や拡張,右房の拡張,肺動脈の拡張といった形態変化だけでなく,右室容積や右室自由壁心筋重量を算出することも可能である.さらに,シネMRI作成により右室壁運動も観察でき,一定時相ごとに右室容積を算出することにより,1回拍出量や駆出率も算出可能で,右室機能評価にも有用である.
7)右心カテーテル検査:
最も信頼できる右心機能評価法であり,肺高血圧の確定診断法である.ただし,侵襲的検査であるため繰り返して行うことは困難である.Swan-Ganzカテーテルを用いて肺動脈圧,肺動脈楔入圧,右室圧,右房圧,心拍出量を測定する.安静仰臥位で平均肺動脈圧が25 mmHgをこえる場合を肺高血圧と定義する.
鑑別診断
僧帽弁狭窄症や拡張型心筋症といった左心系に由来する心疾患に伴う肺高血圧や先天性短絡性心疾患に伴う肺高血圧との鑑別が大切である.左心疾患による肺高血圧では,心臓超音波検査で弁膜や左心室の形態的あるいは機能的異常の存在とともに,右心カテーテル検査で肺動脈楔入圧の上昇を認める.先天性短絡性心疾患による肺高血圧では心臓超音波検査など画像検査を用いて短絡を確認することで鑑別可能である.
経過・予後
慢性閉塞性肺疾患では肺動脈性肺高血圧症や慢性肺血栓塞栓症の際にみられるような高度の肺高血圧をきたすことは少なく,進行した閉塞性肺疾患でも平均肺動脈圧が40 mmHgをこえることはまれである. 生命予後は基礎疾患により異なるが,いずれも肺高血圧の程度と相関する.慢性閉塞性肺疾患では,肺高血圧と右心不全に伴う末梢性浮腫の出現は予後不良の指標とされ,末梢性浮腫出現例における5年生存率は約30%にすぎず,肺血管抵抗が550 dyne・秒・cm−5をこえる例では3年以上生存するものはまれとされる.
治療
肺性心疾患では表5-18-1に示した基礎疾患に対する治療が優先される.各基礎疾患に対する治療の詳細は関連項に譲り,ここではおもに肺高血圧と右心不全に対する治療について述べる.
右心不全への進展を防ぐためには水分や塩分の過剰摂取や呼吸器感染を避けるよう努める.
長期酸素療法は,低酸素血症を示す慢性閉塞性肺疾患の肺動脈圧を低下し予後を改善することが示されている(図5-18-4).機序としては,酸素投与をすることで肺胞低酸素により引き起こされる低酸素性肺血管攣縮が抑制され肺血管抵抗が低下し右室拍出量が増加することや,主要臓器に対する酸素供給が改善することが推定されている.ただし,慢性閉塞性肺疾患では酸素投与によりCO2ナルコーシスが生じることがあり十分に注意が必要である.
利尿薬は肺性心疾患による右心不全の改善目的で用いられる.しかしながら,利尿薬による右室前負荷の過度の低下は心拍出量を減少させ,低血圧や全身倦怠感の増悪につながることより避けなければならない.また,換気抑制をきたす代謝性アルカローシスの出現にも注意が必要である.
ジギタリスは右室心筋の収縮力を増強させるが同時に肺血管に対しては収縮作用をもつ.左心機能が正常に保たれている肺性心疾患に対しては安静時や運動時の右心拍出量や運動耐容能を改善しないことより,左心不全や不整脈,頻脈合併例を除き,肺性心疾患に対するジギタリスの使用を推奨するだけのデータは示されていない.
血管拡張薬はおもに肺動脈性肺高血圧症に対して使用される.慢性肺疾患に伴う肺高血圧に対し短期効果は認められるが長期効果については不明であり,その有効性については確立されていない.プロスタサイクリンは強力な血管拡張作用と血小板凝集抑制作用を有し,プロスタサイクリン持続静注療法は特発性および家族性肺動脈性肺高血圧症に対する予後改善効果が示されている.そのほかにも経口薬のホスホジエステラーゼ(PDE)5阻害薬のシルデナフィル,タダラフィルやエンドセリン受容体拮抗薬ボセンタン,アンブリセンタン,プロスタサイクリン誘導体ベラプロストが用いられる.シルデナフィルは肺動脈性肺高血圧症のみならず肺線維症に伴う続発性肺高血圧症に対しても換気血流不均衡を増悪させず肺体血管抵抗比を低下させることが示されている.血管拡張薬を使用の際には体血圧の低下や換気血流不均衡の増悪による動脈血酸素濃度の低下に注意が必要である.一酸化窒素(NO)吸入療法は,肺血管抵抗を低下し,換気血流不均衡を改善,体血圧への影響が少ないものの,窒素酸化物による大気汚染の問題があり長期使用には適さない.抗凝固療法は,特に肺動脈性肺高血圧症や慢性肺血栓塞栓症では禁忌でない限り行うことが推奨される.ワルファリンでPT-INRが2.0前後に維持するように投与量を調節する.ただし,肺高血圧症では肺出血を生じる危険性が増し,ひとたび出血を起こすと致命的になり得ることより十分な注意が必要である.[山田典一]
■文献
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Nocturnal Oxygen Therapy Trial Group: Continuous or nocturnal oxygen therapy in hypoxemic chronic obstructive lung disease: a clinical trial. Ann Intern Med, 93: 391-398, 1980.
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出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報