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能褒野 のぼの

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

能褒野
のぼの

三重県亀山市東部から鈴鹿市西部にかけて広がる鈴鹿川北岸の洪積台地。台地の先端,鈴鹿川支流安楽川とその支流御幣 (おんべ) 川の合流点近くに,16の陪塚を配する長径約 200mの前方後円墳がある。

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デジタル大辞泉の解説

のぼの【能褒野】

三重県鈴鹿市の西方から亀山市にかけての台地の古称。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の帰途死去したといわれる地。

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百科事典マイペディアの解説

能褒野【のぼの】

能煩野とも。三重県鈴鹿市と亀山市にわたる洪積台地。関西本線加佐登(かさど)駅の北方にあたる。日本武尊が東征ののち,ここで没したという。付近には尊にいわれのある鈴鹿市の白鳥塚古墳や亀山市の能褒野古墳や,尊をまつる加佐登神社がある。
→関連項目亀山[市]古市

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

能褒野
のぼの

三重県北部、鈴鹿(すずか)山脈の東麓(とうろく)、御幣(おんべ)川と内部(うつべ)川の間の扇状地の扇端近く、鈴鹿、亀山両市に広がる洪積台地。記紀には、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征からの帰途、この地で病死し、御陵に葬られたと記される。1879年(明治12)宮内庁により王塚とよばれる前方後円墳(亀山市田村町)が尊の能褒野御陵に指定され、その北東に1895年、尊と弟橘媛(おとたちばなひめ)を祀(まつ)る能褒野神社がつくられた。なお、鈴鹿市にある白鳥(しらとり)塚古墳(県史跡)も尊の御陵と伝えられる。[伊藤達雄]

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