脱工業社会(読み)だつこうぎょうしゃかい(その他表記)post-industrial society

改訂新版 世界大百科事典 「脱工業社会」の意味・わかりやすい解説

脱工業社会 (だつこうぎょうしゃかい)
post-industrial society

物質エネルギーを基礎とする工業に代わって,情報,知識,サービスなどに関する産業が重要な役割を果たすようになる社会,あるいは,そのことを通じて,経済成長を追求し産業中心志向を脱する社会のこと。脱工業社会という言葉は,1960年代の半ばころからアメリカの社会学者ベルDaniel Bellらによって用いられはじめ,その後,人によって意味やニュアンスの違いをともないながらも,多くの人々によって使われるようになった。

 ベルによれば,脱工業社会とは,財の生産からサービス(とくに高度な情報サービスなど)に経済活動の重心が移行し,それにともなって〈知識階級〉と呼ばれる専門・技術職層の役割が大きくなり,組織運営の様式も効率重視のものから経済外的諸要因をも配慮する〈社会学化様式〉に変わっていく社会である。しかし,この社会でも,さまざまな集団要求を調整して成り立つ社会計画に関しては必ずしも合理性だけで押しとおすことはできず,したがって最終的な政策決定をめぐっては,効率性を追求するテクノクラートと各集団の利害を代表する政治家とのあいだの矛盾を除くことはできない。他方フランスの社会学者トゥレーヌAlain Touraineによれば,脱工業社会とはなによりも新しい形の社会紛争によって特色づけられる社会であり,産業社会を特徴づけてきたのが資本家と労働者との階級闘争であったとすれば,脱工業社会を特徴づけるのは,専門的な技術との関係で権力を行使するテクノクラート的な新しい階級と,そうした技術や権力から排除されることによって疎外されるプロレタリア的な新しい階級との闘争である。トゥレーヌは,こうした視点からさらに,脱工業社会はコンピューターや計画技術の導入によって〈プログラム化された社会société programmée〉であり,そのような形でたえずみずからを生産していく社会であるともいっている。

 これらの諸説をふまえていえば,脱工業社会は,生産力基盤のうえに新しい組織形態を展開し,それによって新しい形の矛盾と紛争を生みだす社会であるといえる。この意味で,それはまた,社会主義社会とは異なった脱資本主義社会post-capitalist societyであるといわれることもあるが,本当にそういえるかどうかについては疑問が残る。このような変化は,資本主義体制の枠内に科学・技術革命が引き起こしたものであり,その意味で資本主義の根本矛盾と階級闘争の現代的なあらわれにすぎない,ともいえるからである。そのうえ今日では,脱工業社会といえるような状態が現実化しているのは世界のなかでもごく一部の国々においてにすぎず,これら諸国のこうした状態は他の多くの国々の犠牲のうえにのみ成り立ちえているのではないか,という批判の声がますます多くの人々によってあげられるようになっている。脱工業社会を論ずるとき,それを可能にした技術の高度な発展が,他面では人類を絶滅させかねない核兵器などの軍事技術とも結びついている,ということも忘れられてはならないであろう。
産業社会
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の脱工業社会の言及

【情報化社会】より

…〈情報社会〉ともいう。物質やエネルギーの変形・処理を主要な産業とする工業社会の後に到来する社会という意味での〈脱工業社会post‐industrial society〉と,概念的にほぼ同義である。つまり,工業に代わって,情報の操作によって付加価値を生産する産業(知識産業や情報産業)が,GNP(国民総生産)の比率や産業従事者数などの面で,比重を大きくしていく社会である。…

【情報化社会】より

…〈情報社会〉ともいう。物質やエネルギーの変形・処理を主要な産業とする工業社会の後に到来する社会という意味での〈脱工業社会post‐industrial society〉と,概念的にほぼ同義である。つまり,工業に代わって,情報の操作によって付加価値を生産する産業(知識産業や情報産業)が,GNP(国民総生産)の比率や産業従事者数などの面で,比重を大きくしていく社会である。…

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