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臨汾 りんふん

百科事典マイペディアの解説

臨汾【りんふん】

中国,山西省南西部にある都市。旧名平陽。同蒲鉄路(大同〜孟【げん】)に沿い,汾河左岸に臨み,航運の中心。伝説によれば,(ぎょう)の帝都といわれ,城南には尭帝廟がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

臨汾
りんふん / リンフェン

中国、山西省南西部の市。臨汾地区級市の中心地。地区級市は洪洞、襄汾(じょうふん)など14県を管轄し、侯馬(こうま)、霍州(かくしゅう)の2市の管轄代行を行う。人口401万1609、市轄区人口72万5333(2000)。1971年臨汾県の市街地に市が設けられ、83年臨汾県を併合し、2000年に臨汾地区と臨汾市が合併して臨汾地区級市となった。市域は東西を山地に挟まれ、前面に汾河の下流平野が開け、文字どおり山河を表裏とする要害の地で、河東とよばれた山西省南西部でもっとも重要な地の一つである。伝説にいう堯(ぎょう)の都平陽のあった所で、春秋戦国時代を通じて各国が領有を争い、秦(しん)が全国を統一する際にも戦略上の重点の一つであった。漢代に平陽県が置かれ、三国時代魏(ぎ)の平陽郡が置かれたが、隋(ずい)代に県は臨汾と改められ、郡も同じく臨汾郡と改められた。また平陽郡、晋州(しんしゅう)などとよばれ、明(みん)・清(しん)代には平陽府とされた。現在は山西省南部の最大の都市として商工業の中心であり、有名な観光地としては唐代の創建になる大雲寺(鉄仏寺)、堯廟(ぎょうびょう)などがある。[秋山元秀]

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世界大百科事典内の臨汾の言及

【山西[省]】より

…(1)晋中盆地 本省中部を縦貫する断層地溝帯で,北から南に向かって次の五つの河谷盆地が並ぶ。北東に流れる桑乾河(そうけんが)流域の大同,忻(きん)県盆地,南に貫流する汾河(ふんが)(汾水)流域の太原,臨汾(りんふん)盆地,その南の涑水河(そくすいが)流域の運城盆地がそれで,盆地底部は標高250~1000m。いずれも土壌が肥え灌漑は便利で,本省の主要な農業地帯であり,経済活動の中心である。…

※「臨汾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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