中国の伝説上の聖天子。堯を継いだ舜(しゅん)とあわせて「堯舜の治」といい、旧中国ではもっとも理想的な天子像とされていた。堯の事績は『尚書』「堯典」や『史記』「五帝本紀」に記されているが、後世の儒家思想によって過度に修飾、美化されており、実在性に乏しい。『史記』などによれば、帝堯陶唐(とうとう)氏は、名は放勲(ほうくん)、五帝の一人である帝嚳(ていこく)の子で、生まれながらにして聡明(そうめい)、帝位につくや羲和(ぎか)らに命じて暦法を定め、孝行の誉(ほま)れ高かった舜を民間から登用して、自分の娘2人を彼の妻とし、天下の政治を摂政せしめた。堯の死後、舜は帝位を堯の子丹朱(たんしゅ)に継がせようとしたが、諸侯たちが舜を推戴(すいたい)してやまないので、舜は「天なり」といって天子の位についたという。
[小倉芳彦]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新