航空宇宙心理学(読み)こうくううちゅうしんりがく(その他表記)aerospace psychology

日本大百科全書(ニッポニカ) 「航空宇宙心理学」の意味・わかりやすい解説

航空宇宙心理学
こうくううちゅうしんりがく
aerospace psychology

航空宇宙心理学は、地上とはまったく異質な航空宇宙環境下での人間行動の変容を調べ、航空機や宇宙船等の操縦、またはその環境での活動や生活の安全性・効率性ならびに快適性を求めていく人間科学の一分野である。航空心理学aviation psychologyを基盤に発展している学問で、現状ではほぼ同義に扱われている。

[垣本由紀子]

研究の歴史

航空心理学の歴史は、1910年代のアメリカをはじめヨーロッパにおいて、操縦士選抜に必要な適性検査に始まる。第一次世界大戦で大量の操縦士を必要としたことで拍車がかけられたが、航空心理学が大きな飛躍を遂げるのは第二次世界大戦中である。航空機の著しい発達にもかかわらず事故が続発し、人間の特性を無視した機械設計が指摘され、ここに人間工学の急速な発達をみることになった。日本においても、第二次世界大戦中、陸海軍の研究所において、適性検査の開発、選抜、訓練、高高度飛行の心身への影響、加速度耐性、射撃、事故防止など多くの優れた研究が行われていた。しかし、終戦とともに研究資料が散逸し、研究史上約10年間の空白ができることになる。1950年代に入ると、民間航空の再開、航空自衛隊の発足と続き、わが国にふたたび翼が戻ってきた。これを契機に、55年(昭和30)航空医学心理学会(現日本宇宙航空環境医学会)も設立され、研究活動が再開された。83年12月、日本からも宇宙搭乗科学技術者(ペイロードスペシャリスト)が公募されるに至り、戦後の空白も、その後の地道な研究の継続により、乗り越えられたと考えられる。

[垣本由紀子]

研究課題

航空宇宙環境下で人間行動に影響する二、三の例をあげる。

 三次元という広大な空間のなかで、自機の正しい位置・姿勢・方向が把握できなくなる空間識失調spatial disorientationがある。上方に飛んでいるつもりが下方に向かって飛ぶなど、計器指示値より自分の感覚が正しいという考えにとらわれ、パイロットは葛藤(かっとう)状態に陥る。錯覚の多くがこのなかに含まれる。また、高度の上昇に伴い、吸気中の酸素分圧の低下とそれによる身体各部組織への酸素供給不足に起因して発生する低酸素症hypoxiaは、1万フィート(約3050メートル)以上から症状が現れるが、自覚的には症状に気づかない。しかし、他覚的には、反応時間の延長、視力、記憶力、思考力、判断力が低下し、やがては意識喪失となり死へとつながる(2万~2万3000フィートを危険域とよぶ)。1972年、ソ連の宇宙船ソユーズ11号が帰還する際、ハッチのシールが不完全だったため、3人のパイロットが酸素欠乏と急減圧症で死亡している。宇宙環境では、これらに加え、無重量環境が人間行動に大きな影響を与える。もっとも大きな問題は宇宙適応症候群(宇宙酔い)である。約40%のパイロットが経験し、この間、パフォーマンス(作業能率)が著しく阻害されると報告されている。宇宙酔いは3~5日で回復するといわれているが、宇宙酔いにかからなくても作業能率は低下すると報告されている。しかし、作業の種類、適応期間等については十分検討されていない。一方、人間の視覚、聴覚、思考、判断力等には影響がないといわれているが、長期間地球から隔離されていることによる孤独感、不安感、恐怖感などの情緒不安定により、自信喪失や、逆に有頂天になるなど、心理的症候群も報告されている。

 航空宇宙心理学には、ほかに、機種の発達、要求される任務等に適合した選抜・訓練・適応の問題、コックピット内の高度な自動化に伴う単調感・退屈感、緊急時の人間行動、人間―機械系の共通領域に関する人間工学的問題など、新しい、また未知の作業環境の拡大に伴う多くの課題が山積されている。

[垣本由紀子]

『望月衛著『航空心理学』(1944・小山書店)』『黒田勲監修『航空心理学入門――飛行とこころ』(1977・鳳文書林出版販売)』『NASA協力、大林辰蔵・江尻全機訳・著『宇宙の実験室』(1979・朝倉書店)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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