船首像(読み)せんしゅぞう(英語表記)figurehead

翻訳|figurehead

日本大百科全書(ニッポニカ) 「船首像」の意味・わかりやすい解説

船首像
せんしゅぞう
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船の飾りの一つで、西洋型船において船首の船体部先端に飾り付けた彫刻像。もともとこれには二つの意味があって、船に取り付けられるようになったと考えられている。その一つは宗教的な意味で、海の神に対して船の安全を願うため、海神を喜ばすような像を船に積んでおかなければならないと考えられていたことである。もう一つは、船が安全な航路を進むためには、船自体に目が必要であると考えられていたことである。この点から、世界各地で形こそいろいろと変化はあるものの、なんらかの絵または像を船首に描き、または取り付ける習慣ができていた。東洋では水押(みおし)に大きな目が描かれ、古代エジプトなどでは船首の上部に鳥の像などを取り付けていたのも同じ趣旨であったとみられる。そのほかライオンなどの動物の頭像を、古代ギリシアやローマ、あるいはフェニキアなどでも船首に取り付ける風習があった。また、船首にそのような模様を織り込んだタペストリーを垂れて飾ったりしたが、これらすべてが船首像の元といえる。16世紀の初めころからは、船首のバウスプリット(槍(やり)出し)の根元下部に、ほぼ船名に関係ある像を取り付ける習慣がフランスあたりから固定されるようになり、この習慣は西洋に広く行き渡った。それはさらに入念になり、名のある彫刻家によって、美人像や英雄像などが彫刻されて船首像として取り付けられるようになった。たとえば、現在も保存されている1869年建造のクリッパー(快速帆船)、カティー・サークCutty Sark(2133排水トン)は、船名に関係ある「魔女」の船首像を取り付けているが、これはF・フェリエによって彫刻されたものと記録されている。少なくとも帆船の場合はほとんど全部が船首像をもつようになった。これらの像は木の彫刻品であって、はでな色彩が施されていた。船首像として知られている船名と建造年を示せば、神話的動物像がハーフムーン(1606)、シーホース(1774)など、美女像がテラノバ(1736)、クイーンシャロッテ(1780)、シャノン(1806)など、英雄像のアジャックス(1749)、セントビンセント(1815)、ブラックプリンス(1861)などが有名である。船首像は、帆船においては現在もこれを取り付ける習慣が続いているが、歴史的には蒸気船出現とともに消滅傾向を示し、いまでは数少なくなった。

[茂在寅男]

『田辺穣著、中村庸夫写真『船首像』(平凡社カラー新書)』

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改訂新版 世界大百科事典 「船首像」の意味・わかりやすい解説

船首像 (せんしゅぞう)
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船の船首に取り付けられた動物や人物などの像。船の船首には,船の安全を守るため,あるいは目的地へ安全に到着するように,古くから彫刻を施したり,目をかいたりしていた。本来,宗教的・呪術的目的であった船首の飾りはしだいに装飾的になり,17世紀のヨーロッパの軍艦では,船首,船尾ともに彫刻で埋められるほどになった。このころの船首像はライオンなどの動物が多かったが,やがて船の名にちなんだ人物像が用いられるようになり,19世紀の帆船では,人物像を主とする船首像だけが船の装飾として残るようになった。この時代の船首像は船の解体の際取り外され,欧米の海事博物館に多数展示されている。19世紀に入って蒸気船が出現すると船首像は急速に姿を消し,時に船首に装飾模様をかく程度となった。日本の船では,平安時代の竜頭鷁首(りようとうげきす)の船,豊臣秀吉の軍船に竜の船首彫刻を用いた例は見られるが,一般に船に船首像を取り付けることは行われなかった。
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