軍艦などに装備された火砲。13世紀ころ地中海で使用されたガレー船でハンドカノンが用いられたのが始まりであるといわれる。15世紀ころにはスペイン,イギリス,フランス,中国,朝鮮などの軍艦に口径(砲身の内径)の小さな少数の火砲が搭載されるようになった。その後しだいに口径が大きくなり搭載数も増加し,両玄に複層にわたって搭載したガレオン船も現れた。当時の弾丸は鉄や石の球塊で,相手艦を撃沈するには威力が不十分であり,海戦の雌雄はいぜんとして接玄移乗戦闘により決する場合が多かった。1571年のレパントの海戦は艦砲をそなえたガレー船をまじえて戦われた。その後19世紀初期までの海戦では近接戦闘が原則で,トラファルガーの海戦でも射距離は約1000mであったといわれている。
19世紀中ごろ以降には火薬の急速な進歩による弾丸威力と射距離の増大,滑腔砲から旋条砲への移行,尾栓機構,駐退復座装置,水圧装置などの発達により艦砲は旋回俯仰(ふぎよう)可能な大口径後装砲となり,射撃指揮装置の発達とあいまってここに近代式艦砲が誕生した。日清・日露の海戦で初めてこの艦砲の威力が実証され,イギリスは12インチ砲を主砲とする新鋭戦艦ドレッドノートを建造し大艦巨砲時代の幕を開いた。ロンドン軍縮会議で艦砲は口径14インチ以下と定められたが,期限切れ後に日本は世界最大の46cm砲を装備した戦艦大和,武蔵を建造した。この砲の最大射距離は46kmで弾丸1発の重量は1.5tであった。
第2次世界大戦における航空機の発達により大艦巨砲時代の幕は閉じられ,最近ではさらにミサイルの進出により海戦武器の主役の座を明け渡すこととなった。現代の艦砲は対空(とくに対ミサイル)防御と陸上射撃を主目的とする口径3~8インチのものが多く,その多用途性,安価,弾数,弾種が豊富なことで依然存在価値を認められている。技術的には弾の初速,発射速度(時間当りの発射弾数)の増大,自動化の徹底,信管の高性能化などに開発努力が払われつつある。また火砲から発射された弾丸を誘導できる誘導砲弾がアメリカなどで研究され将来を注目されている。
執筆者:岡林 忠志
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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