季節の推移を花によって表現する一種のカレンダー。各月の季節感や習俗にもかかわりが深く,種類の組合せに土地柄がよく表される。植物の生長と枯死とに1年の周期を見た中国では,《四民月令(がつりよう)》をはじめとする〈月令〉が古くから農事暦として作成され,また干支(えと)に使用された漢字も,たとえば甲(きのえ)は種子が堅く殻を閉じた状態を示すなど自然暦としての意味がこめられていた。一方,12ヵ月に特別な花を配する狭義の花暦は,清代に翁長祚(おうちようさく)《花暦百詠》や陳淏子(ちんこうし)《秘伝花鏡》などによって世に流布して日本にも輸入され,平賀源内などにより研究,普及された。また伝説によれば,八仙の一人とされる何仙姑(かせんこ)が7世紀ごろ各月にふさわしい花を選んで作った花暦が始まりともいう。日本では《万葉集》に七草が詠われている例があるように,植物と季節との関係は早くから注目されていた。しかし清の花暦が伝来した江戸期以降は,これが身近な季節の指標として装飾美術や盛花に利用され,花札のような遊び道具,貝原好古編,同益軒補になる《日本歳時記》などに典拠した俳諧の季語,季題(歳時記)にも広く取り入れられ,庶民の季節感を醸成する素材となった。西洋でも近代以前は農事暦や時禱(じとう)書が使用され,その一部に花暦に近いものも活用されていたが,19世紀以後植物学の一分野として季節学phenology(花暦学ともいう)が成立してからは,植物の発芽・開花・結実と気候・季節の関連が科学的に探究され,明治期に日本へも紹介された。毎年発表されるソメイヨシノの開花予想は,その成果で,新しい花暦といえよう。
執筆者:荒俣 宏
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四季別または月別に花の開花期や果実の観賞時期を示した暦。自然界での花の開花は、季節を予知するうえで重要な指標的役割をもち、かつては農作業を進める目安ともした。歴史的には中国が古く、清(しん)代初期の陳淏子(ちんこうし)『秘伝花鏡』の中編「花暦」の項には、主として開花や天候にあわせた農作業の取り組み時期が指示されている。わが国の花暦は中国から取り入れられて発達したもので、『会津(あいづ)農書』(1684)には指標植物の開花による作業指示が記載されている。
こうしてわが国では自然気候下で、春のコブシ、サクラ、秋のヒガンバナといった毎年定期的に咲くものを経験的に読み取り、播種(はしゅ)、繁殖、収穫に利用した。一方欧米では自然学者らによって温度、日長などによる開花条件の研究が進み、逆に開花の促進や抑制を行って園芸的利用につなげた。現在、花暦がもっとも活用されているのは観賞面においてであり、開花時期よりも期間が重要視される。とくに植物園や庭園では観賞期間の案内に花暦を作成し利用している。
[堀 保男]
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