日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒガンバナ」の意味・わかりやすい解説
ヒガンバナ
ひがんばな / 彼岸花
[学] Lycoris radiata (L' Hér.) Herb.
ヒガンバナ科(APG分類:ヒガンバナ科)の多年草。マンジュシャゲ(曼珠沙華)、シビトバナ(死人花)ともいう。鱗茎(りんけい)は広卵形で径5~6センチメートル、黒褐色の外皮がある。葉は線形で長さ30~50センチメートル、幅6~8ミリメートル、花茎が枯れたあとに出て越冬し、翌春に枯れる。秋の彼岸(ひがん)のころに高さ30~50センチメートルの花茎を出し、散状に緋紅(ひこう)色花を5、6個横向きに開く。花被(かひ)裂片は倒披針(とうひしん)形で長さ約4センチメートル、幅5~6ミリメートル、強く反転し、基部に鱗片状の副花冠がある。雄しべ、雌しべともに花被裂片よりはるかに長く、弓状に上向きに曲がる。寺院の境内や墓地をはじめ、土手や田の畦(あぜ)など人里に生え、東北地方南部から沖縄に広く分布するが、いずれも三倍体で果実はできない。中国には二倍体のシナヒガンバナがあり、これは結実する。シナヒガンバナとショウキズイセンの雑種がシロバナマンジュシャゲ(シロバナヒガンバナ)で、園芸上でリコリスとよばれている。
[清水建美 2019年3月20日]
文化史
ヒガンバナは中国が原産の史前帰化植物の一つとされ、渡来には漂着説と伝播(でんぱ)説があるが、中国の野生は染色体数が二倍体で、日本には二倍体はなく、稔(ねん)性のない三倍体のみであり、分布が古い農耕集落地に集中し、中国と使用目的が共通するなどの諸点から、現在は伝播説が有力である。ヒガンバナはアルカロイドのリコリンを中心とする猛毒成分を含むが、中国では腫(は)れ物などの湿布剤(『本草綱目(ほんぞうこうもく)』)に、また、球根を砕き水に溶かした殺虫剤や乾燥させた粉末を殺鼠(さっそ)剤に使い、球根のデンプンを織り糸の糊料(こりょう)や紙漉(かみす)きの粘料にし、救荒時の食物にした(松江幸雄(ゆきお)『ひがんばな』)。日本でも、幾度も水にさらして食用にし、球根をすりおろした汁を1滴湯飲みの水に入れて飲み、ジフテリア様の症状の治療に使ったという民間伝承も残る。ただし、毒抜きが十分でないと死亡する。古くは土蔵の壁土に混ぜてネズミの侵入を防止したり(『和漢三才図会』)、ふすまの糊(のり)にして虫を防いだ(『退私録』)。墓地に多いのはネズミや獣による土葬の死体荒らし対策に、また畦(あぜ)や土手にはネズミやモグラの穴あけ防止に植えたとみられる。かつては葉がミカン輸送のパッキングにも使われた。
ヒガンバナは江戸以前の古典や文献には登場しない。例外は『万葉集』の「壱師花(いちしばな)」で、ヒガンバナとする説も出されている。確実にヒガンバナを取り上げたのは蕪村(ぶそん)の句「曼珠沙華(まんじゅさげ)蘭(らん)に類(たぐ)いて狐(きつね)鳴く」が最初とされる。
[湯浅浩史 2019年3月20日]