范成大(読み)はんせいだい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

范成大
はんせいだい
(1126―1193)

中国、南宋(そう)の詩人。字(あざな)は致能(ちのう)(至能(しのう)ともいう)、号は石湖居士(せっここじ)。呉郡(ごぐん)(江蘇(こうそ)省蘇州市)の人。1154年(紹興24)の進士。孝宗の信任を受け、官は参知政事(副宰相)に至った。陸游(りくゆう)と親交をもち、南宋四大家の1人に数えられている。蘇州郊外の石湖に別荘があり、晩年はそこで悠々自適しながら、農村に題材をとったスケッチ風の清新な詩を多くつくった。だが一方に金国に使いした途中の愛国の熱情に満ちた連作もあり、単なる田園詩人には終わっていない。著に『石湖居士詩集』34巻がある。

[横山伊勢雄]

『今関天彭・辛島驍著『漢詩大系16 宋詩選』(1966・集英社)』『入谷仙介著『新訂中国古典選 宋詩選』(1967・朝日新聞社)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

はん‐せいだい【范成大】

中国、南宋の詩人。字は致能、号は石湖居士。南宋四大家の一人に数えられる。著に「石湖居士詩集」。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

范成大
はんせいだい
Fan Cheng-da

[生]靖康1(1126)
[没]紹煕4(1193)
中国,南宋の政治家,文学者。呉郡 (江蘇省蘇州) の人。字,致能。号,石湖居士。紹興 24 (1154) 年進士に及第。乾道6 (70) 年特命を受けて金におもむき,死を賭して屈辱的な外交条件の改善をはかった。紹煕3 (92) 年資政殿学士のとき病気で辞任。翌年郷里で没した。『攬轡 (らんぴ) 録』『驂鸞 (さんらん) 録』『呉船録』などの紀行文わした。詩人としては南宋四大家の一人とされ,清新な詩風で田園の風景を詠じた。ほかに『石湖居士詩集』『石湖詞』『桂海虞衡 (ぐこう) 志』『呉郡志』『石湖菊譜』など。

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百科事典マイペディアの解説

范成大【はんせいだい】

中国,南宋の詩人,書家江蘇省の人。は石湖。1154年の進士。地方官を振出しに副宰相に至った。南宋三大家の一人で,詩風は清新温潤。書は黄庭堅米【ふつ】(べいふつ)とを学び,草書が得意。著書《石湖居士詩集》《呉郡志》《呉船録》など。

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デジタル大辞泉の解説

はん‐せいだい【范成大】

[1126~1193]中国、南宋の詩人。呉郡(江蘇省)の人。(あざな)は致能。号、石湖居士。晩年の「四時田園雑興」60首は、江戸時代によく読まれた。南宋四大家の一人。紀行文「呉船録」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

はんせいだい【范成大 Fàn Chéng dà】

1126‐93
中国,南宋の政治家,文学者。字は致能,号は石湖。江蘇省呉県の人。紹興24年(1154)の進士に合格。のち広西や四川の軍政長官を歴任し,参知政事(副宰相)にのぼった。初期の地方官時代,義役法を創設するなど,総じて良心的実務官僚に属する。詩人としては,農村の四季の風物をうたった晩年の連作〈四時田園雑興〉が有名で,一般に陶淵明以来の伝統を受けた田園詩人とみなされている。しかし,農民生態を鋭く観察し,社会制度の矛盾をついた若年の作品や,使命を帯び当時の敵国金へ往復した体験をうたった壮年期の作品は,単なる田園詩人以上の視野の広がりを示唆する。

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