菊畑茂久馬(読み)きくはたもくま

日本大百科全書(ニッポニカ) 「菊畑茂久馬」の意味・わかりやすい解説

菊畑茂久馬
きくはたもくま
(1935―2020)

美術家長崎県生まれ。1941年(昭和16)に福岡市に移り、1953年福岡県立中央高校を卒業。1956年「第24回独立展」に立体派的な油彩画『二人』を出品して入選し、翌1957年に個展(岩田屋百貨店、福岡)を開催した。同年に発足した、地域の生活や文化に密着した美術表現活動を目ざすグループ「九州派」に参加し、1958年には第10回読売アンデパンダン展(東京都美術館)に出品。1960年に「九州派」を脱退し、同年「洞窟派」を結成した。

 1961年には初期の代表作「奴隷系図」シリーズを開始。同年の「現代美術の実験」展(国立近代美術館)で発表した同名の作品は、金箔などを貼った2本の丸太を並べ、片方に男根状のものを突き刺して雌雄の対として象徴化し、そこに無数の新品の5円玉をばらまくオブジェ作品である。きわめて呪術的で土俗的な欲望が露わになっており、それまでの絵画作品における平面イメージの構築から、物質のもつ触覚性と事物のもつ実在感を、立体作品=インスタレーションとして表現した。この作品はスキャンダラスな評判を呼んで、既成の芸術観念を否定・破壊するネオ・ダダ運動や、「反芸術」ともいわれる、日本の1960年前後の表現傾向を代表する作品の一つとなった。1964年に「ルーレット」シリーズ、続いて「植物図鑑」シリーズを開始、日常を取り巻く事物の属性を切り離し、それらの単純化した記号性に注目していく。その事物の機能とイメージとの乖離(かいり)を、物体を三次元的に集積し、アッサンブラージュ手法によって表現する、「オブジェによる絵画」ともいえる方法を生み出した。それは個人の記憶や内省的思考が凝縮したものだが、表れた作品のイメージは「土着的なポップ・アート」といった印象がある。

 1960年代後半より大小のオブジェ制作に集中し、それを写真に撮りシルクスクリーン版画化した作品集『天動説』を1974年に出版。1983年以降油彩を中心とした大画面の連作絵画「天動説」や「月光」「海道」などのシリーズを制作し、1996年(平成8)に「天河(てんかわ)」を発表、以後シリーズの大作群を世に問う。これら大作連作はオブジェ作品や版画においても探求した、事物性とイリュージョン、また平面性とイリュージョンとの関係を、絵画の画面で総合させたものである。オブジェを平面に飲み込み、絵肌に吸収させるというオリジナルな手法は、高い評価を得た。

 1965年に「新しい日本の絵画と彫刻」展(ニューヨーク近代美術館)、1968年「現代日本美術・蛍光菊」展(ロンドンICAほか)、1986年「前衛芸術の日本1910―1970」展(ポンピドー・センター)などに出品し、1988年に「菊畑茂久馬――新作と回顧」展(北九州市立美術館)、1998年「菊畑茂久馬:1983―1998天へ、海へ」展(徳島県立近代美術館)などの回顧展を催した。また『フジタよ眠れ――絵描きと戦争』『天皇の美術――近代思想と戦争画』(ともに1978)ほか、多数の著作がある。

[高島直之]

『『フジタよ眠れ――絵描きと戦争』(1978・葦書房)』『『天皇の美術――近代思想と戦争画』(1978・フィルムアート社)』

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百科事典マイペディア 「菊畑茂久馬」の意味・わかりやすい解説

菊畑茂久馬【きくはたもくま】

美術家。長崎県生れ。福岡県立中央高校卒。1956年〈ペルソナ展〉出品。1957年九州派設立に参加。1958年より読売アンデパンダン展に出品。1988年北九州市立美術館で個展。多様な素材によるオブジェ,レリーフ作品で知られ,近年は絵画制作を中心としている。執筆活動も多く《菊畑茂久馬著作集全4巻》がある。代表作《奴隷系図》。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「菊畑茂久馬」の解説

菊畑茂久馬 きくはた-もくま

1935- 昭和後期-平成時代の美術家。
昭和10年3月3日生まれ。前衛美術家集団「九州派」にくわわり,読売アンデパンダン展などに出品。昭和36年現代美術の実験展で「奴隷系図」が注目される。オブジェ制作のほか,著述活動など多彩な領域で活躍。45年東京の私塾「美学校」講師。平成24年「菊畑茂久馬回顧展 戦後/絵画」で毎日芸術賞。長崎県出身。福岡中央高卒。作品に「天動説」「天河」のシリーズなど。著作に「フジタよ眠れ」など。

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