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華佗 かだ Hua T`o

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

華佗
かだ
Hua T`o

中国,魏の名医。字は元化。ことに外科に秀でたが,武帝の招きに応じなかったため殺されたという (200頃) 。史伝によれば,麻沸散という麻酔薬を使用して,深部の病根を外科的に除去したという。

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デジタル大辞泉の解説

か‐だ〔クワ‐〕【華佗/華陀】

中国、後漢の医師。沛(はい)の譙(しょう)(安徽(あんき)省)の人。字(あざな)は元化。外科手術の名手とされ、麻酔薬を用い、一種の体操療法である五禽戯(ごきんぎ)を考案した。曹操の意に従わず殺されたという。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

華佗【かだ】

中国,後漢末期の伝説的名医。とくに外科にすぐれ,麻沸散という麻酔薬を用いて,開腹手術や脳手術をしたといわれる。曹操の侍医となったが,その怒りに触れて殺されたという。

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世界大百科事典 第2版の解説

かだ【華佗 Huà Tuó】

中国,後漢末の名医。生没年不明。沛(はい)国譙(しよう)県(安徽省)の人。華陀とも書き,一名旉(ふ),字は元化。新陳代謝を基本とする治療,麻沸散という麻酔薬による世界で最初の外科手術,寄生虫の駆除等に新しい手法を確立し,後世まで華佗方として重んぜられた。また養生の術に長じ,五禽戯と称する保健体操の考案者としても知られる。魏の曹操の侍医となったが,のち怒りにふれて殺された。【勝村 哲也】

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大辞林 第三版の解説

かだ【華佗】

中国、後漢末・魏初の名医。字あざなは元化。麻沸散(一種の麻酔薬)を飲ませて外科手術を行なったという。曹操の侍医となったが、殺された。華陀。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

華佗
かだ

生没年不詳。中国、後漢(ごかん)(25~220)末ごろの名医。安徽(あんき/アンホイ)省亳(はく)県の人。字(あざな)は元化、またの名を(ふ)。頭風眩(とうふうげん)の持病に苦しんでいた魏(ぎ)の曹操(そうそう)は、鍼(はり)治療を施す華佗を侍医として離そうとしなかった。しかし華佗はその求めに応じなかったため殺されたという(207年または208年)。また、208年、愛児の倉舒(そうじょ)を病気で失った曹操は、「私は華佗を殺したことを悔やむ。彼を殺したために、この子を死なせることになった」と嘆いたという。華佗は中国医史学上、外科の大家とされ、外科治療のほかに、薬物、鍼、灸(きゅう)などによる治療も行い、五禽(ごきん)の戯(ぎ)(身体鍛錬法)を創案した。[山本徳子]

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世界大百科事典内の華佗の言及

【医者】より

… 民間の医者の養成は個人教育や世襲によっていたが,特別な資格は要求されなかった。後世まで名医として知られている人は,医官のなかでは王叔和や王惟一程度で,民間人のほうが多く,それらの人は華佗(かだ)や姚僧垣(ようそうえん),孫思邈(そんしばく)などのように貴人や官吏の治療にも当たった。しかし医官の最高位が各省の副長官の下程度であったように,医者の社会的地位は低く,とくに職業としての医療行為は低い評価しか受けなかった。…

【導引】より

…1973年末,湖南省長沙市の馬王堆3号漢墓から,導引の具体的な演法を44型以上も図解した帛書(はくしよ)が出土し,これによって秦代から漢代初めの導引の実際が明らかになった。くだって後漢時代(25‐220)の末ごろ,医者として名高い華佗(かだ)は,当時盛んに行われていた導引を,虎,鹿,熊,猿,鳥の5種の型にまとめて五禽戯と称した。これよりのち,五禽戯は,さまざまな変化が加えられながら,今日まで伝えられている。…

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