物理化学(読み)ブツリカガク(英語表記)physical chemistry

デジタル大辞泉 「物理化学」の意味・読み・例文・類語

ぶつり‐かがく〔‐クワガク〕【物理化学】

物理学の理論や実験方法などによって、物質の構造や化学的性質・変化などを解明しようとする化学の一分野。理論化学

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精選版 日本国語大辞典 「物理化学」の意味・読み・例文・類語

ぶつり‐かがく‥クヮガク【物理化学】

  1. 〘 名詞 〙 物理学の理論あるいは方法を用いて、物質の化学的性質や構造を研究する学問。理論化学と呼ばれたこともある。〔稿本化学語彙(1900)〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「物理化学」の意味・わかりやすい解説

物理化学
ぶつりかがく
physical chemistry

物理学の理論と物理的な測定技術を用いて化学物質の構造・性質・反応を研究する化学の一分野。化学の諸現象を物理学に基礎を置く理論で解明することから、一時は理論化学theoretical chemistryとよばれたことがある。化学は物質の仕組みと変化を探る学問で、「無機化学」は無機化合物を、「有機化学」は炭素化合物を扱っており、化合物全般について統一的な筋立てを研究するのが「物理化学」であるとされてきた。しかし近年、無機化合物と炭素化合物との境界に「有機金属化学」が誕生し、また「物理有機化学」や「無機物性化学」など、昔日の「物理化学」「無機化学」「有機化学」という化学の3分野の分属法はあまり大きな意味をもたなくなっているといえる。ここでは「物理化学」は、あらゆる物質の中に存在する共通の要因を探る分野をさすことにする。

[下沢 隆]

物理化学の3分野とその対象

構造化学――物質の構造決定

物質の組立ては、原子やイオンの並び方によって決定される。この分野が構造化学で、物理的な測定手段を用いて物質の構造を研究する。大別して分光法、回折法、熱的手段、磁気的手段になっている。いずれも物理学の理論とくに量子力学量子統計力学を基礎としており、第二次世界大戦後に大きな進歩を遂げた。最近では基底状態における分子構造の決定は物理化学の研究対象ではなくなりつつあり、構造化学の専門家でなくとも市販の測定装置を用いて分子の構造が決定できるようになっている。

 歴史的には構造化学はファント・ホッフのメタンの構造に端を発する。これはまったく化学的手法であった。しかし、ボーアの原子モデルに端を発する量子力学の誕生により、シュレーディンガー波動方程式を用いた量子の世界のエネルギー準位が計算され、その原理が分子軌道法として開花し、コンピュータの進歩により、複雑な分子の構造も決定できるようになったのである。

[下沢 隆]

物性化学――物質の性質解明

物質の構造が決定されると、物質の性質を予知し、人為的にある性質をもつ物質をつくりだすことが可能である。物質の性質に注目する研究分野を物性化学という。この研究には構造化学の基礎知識が必要である。測定手段は、構造の決定に用いられるもののほか、電場・音波も用いられる。最近ではこの分野の基礎研究が広く応用面に活用され、わが国の産業の進展に大きく貢献している。たとえば、液晶、電気の部品(半導体やトランジスタ、LSIまでを含む)、記憶合金、セラミックス、各種の膜などが物性化学の成果としてあげられよう。

 物性化学は、熱力学に端を発するが、今日は量子力学・統計力学を加えた量子統計力学が固体論の発展を促し、ここでもコンピュータが活用されて、新物質の開発に力となっている。

[下沢 隆]

化学反応論――化学反応機構

物質の変化は、化学的には原子・イオンの組み替えであり、これを総称して「化学反応」という。歴史的には反応物の組成と生成物の組成を比較し、反応の途中経過を類推していたが、今日では反応の途中で生成する反応中間体をとらえ、化学反応を詳細に議論できるようになった。これが化学反応論である。これも物理化学の一分野であり、今日の構造化学は寿命の短い化合物の構造の決定ができるようになったため、反応中間体の分子構造を正確にとらえることができるようになってきた。現在、最短の測定時間は一ピコ秒(10-12秒)であるから、寿命がその程度に短い反応中間体の構造が決定できる。したがって、昔のように反応の前後の化合物から中間体を類推するのではなく、寿命は短いけれど実在の物質として反応の途中を解明することができるようになりつつある。これらの状態は励起状態と総称されており、分子軌道法の計算の進歩に伴って分光学のデータを理論的に立証することも研究対象となっている。つまり、構造化学は、静的な(基底状態の)構造決定から、動的な(励起状態の)分子構造の解明へと進展し、それが化学反応の解明につながっているといえる。

[下沢 隆]

『竹内敬人著『分子の形とはたらき』(1978・岩波書店)』『「物性」編集委員会編『物性研究のための化学入門』(1974・槇書店)』『好野雄監修・北原文雄著『化学反応論へのアプローチ』(1971・理学書院)』

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改訂新版 世界大百科事典 「物理化学」の意味・わかりやすい解説

物理化学 (ぶつりかがく)
physical chemistry

物質の構造,物性,反応の研究を根幹とする化学に,物理学の理論および実験的手法を導入して展開した化学の一分野。化学が錬金術という秘術の時代を抜け出して,科学としての発展過程に入った19世紀の化学の最大の進歩発展は,分子の概念の導入によってなされたといえよう。J.ドルトンによって物質の構成単位として超微粒子(原子)が提案され,それを受けて,A.アボガドロが分子の存在を仮定したのは19世紀初頭である。これらの分子概念は1859年,S.カニッツァーロの分子量の測定によって,かなり明確なものとなった。これを定量的に理論的取扱いに持ち込んだのは,物理学として発展した統計力学あるいは統計熱力学であり,その基盤は熱力学である。

 熱力学は,H.L.ヘルムホルツ,ケルビン,J.W.ギブズらによって物体に対するエネルギーの出入や,エネルギーの状態変化,さらにエネルギーの移動を理論的に取り扱った方法で,19世紀に大成した学問分野である。このエネルギーの授受や移動を化学分野に導入し,物体がエネルギーを蓄えたり,それが仕事をすることによってエネルギーを失うことが理解されるようになった。それを支配しているのが熱力学の第1法則〈エネルギー保存の法則〉と,〈自然における過程はすべて不可逆〉とする第2法則,さらに第3法則〈いかなる系の温度も絶対温度0度にはできない〉とする三つの法則である。これらを用いての化学における平衡の理解は,分子の挙動や反応を定量的に説明することができることとなった。

 これらの展開を受けて1887年,J.H.ファント・ホフ,F.W.オストワルトおよびS.A.アレニウスによってドイツで物理化学の学術雑誌《物理化学雑誌Zeitschrift für physikalische Chemie》が発刊され,この刊行に象徴されるように物理化学の分野が確立したということができよう。さらに統計力学や統計熱力学は気体分子の運動を解明し,しだいに物理化学の近代化が進んでいったのである。

 量子論の創成は,物理化学に新しい発展をもたらした。1913年N.H.D.ボーアによる水素原子の構造の提案は,物質をその研究対象とする化学の一分野である物理化学の研究に根底から変化を与え,新しい物理化学へと展開していった。そして25年,電磁波である光が同時に粒子性をもつとするL.V.ド・ブロイの考え方に端を発した新しい量子力学もまた,物理化学の分野に大きな変化をもたらし,近年になって,量子化学なる分野が,物理化学のなかにあって,独立していったことが,それをよく物語っている。

 一方,物理学的実験および測定手段の化学への導入も,物理化学成立の重要な要素である。物理学を構成する基礎学問の分野は,力学,電磁気学,光学,熱学,音響学,原子核物理学など時代とともに多岐に及んでいる。これらの分野における手法を用いて,これまた多岐にわたる物質の物性を解明することは,物理化学の中心課題である。最近は,これを物性化学と呼んで,物理化学の構成分野となっている。

 物体を構成する原子,イオンあるいは分子の構造を解くために,多くの光学的手法(X線回折,電子線回折,中性子線回折,可視・紫外線分光,赤外線分光,マイクロ波分光など)や常磁性共鳴吸収,核磁気共鳴吸収などの物理的手法を駆使して,10⁻3Å(10⁻11cm)以上の精度でのÅ(10⁻8cm)単位の原子間距離や分子間距離を決めることができる。これを構造化学と呼び,物理化学のなかでは非常に大きな分野を占める。

 一方,合成,分離,精製の進歩は物質の多様化を加速し,物理化学の研究対象を拡大している。無機化合物および有機化合物からなる物質は,気体,液体,固体の3態に分類される。さらに,液体と固体の中間にある液晶は,多くの用途をもつとともに物理化学の基礎研究の重要な研究対象となっている。固体は,結晶中の原子や分子の並び方がまったく欠陥なくでき上がっている完全結晶から,欠陥や不純物を含む不完全結晶,さらに構造がくずれた非晶質まで幅広く存在する。とくに固体や液体の表面や界面を取り扱う分野を表面化学あるいは界面化学と呼び,新分野として研究が拡大している。液体や固体はその大きさによって性質が著しく影響を受ける。単に微粒子のみでなく,繊維状のものや薄膜などを含めたディメンション(次元)においては,普通の固体と異なる物質を対象とし,これに関する化学をコロイド化学と呼んでいる。なお,とくに物理学的手法や量子力学的要素の強い物理化学の分野を化学物理学として取り扱っている。

 このようにして,化学の一分野として約1世紀を経た物理化学は,有機化学や無機化学とともに基礎科学を構成する化学の重要な一分野として,その地歩を固めている。
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知恵蔵 「物理化学」の解説

物理化学

化学の領域を、物理学の考え方を使って研究する分野。物質の構造、物質の性質(物性)、物質の反応を調べる。量子力学の考え方をこの分野に応用したのが量子化学。研究対象の物質によって有機物理化学や無機物理化学ともいう。半導体、超伝導体、導電性プラスチックなどの新素材開発には、有機化学や無機化学の物質合成に関わる分野との相互協力が欠かせない。計算化学の発展は目覚ましく、学術論文でも計算化学による成果が多く見られる。計算化学は分子の運動状態や反応ダイナミックスをシミュレート(予測)する分子動力学法と、分子内の電子を構成原子の軌道で記述する分子軌道法に大別される。近年では、これらの方法に密度汎関数法やアブ・イニシオ(ab initio、非経験的分子軌道)法といわれる量子化学計算が用いられている。凝縮系の界面における電気化学反応や触媒反応は、界面の特性で反応性が違ってくる。原子・分子レベルで化学反応の制御を目指すナノサイエンス、ナノテクノロジーは物理化学の潮流の1つといえる。

(市村禎二郎 東京工業大学教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

化学辞典 第2版 「物理化学」の解説

物理化学
ブツリカガク
physical chemistry

化学の問題を物理学的手法(理論および実験方法)で研究する化学の一分野.19世紀末からはじまり,J.H. van't Hoff(ファントホッフ),F.W. Ostwald(オストワルト),J.W. Gibbs(ギブズ)らにより熱力学理論を導入して,相平衡,溶液論,化学平衡論を中心とする古典物理化学が完成された.現在では量子力学統計力学の導入により,物質の構造や化学反応を分子,原子,電子のレベルで研究する構造論や化学反応論が二つの大きな流れをなしている.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

百科事典マイペディア 「物理化学」の意味・わかりやすい解説

物理化学【ぶつりかがく】

物理学の理論や実験方法をとり入れて物質の構造,化学的性質,化学反応などを研究する化学の一分野。古くは一般化学,理論化学などとも。19世紀に熱力学の建設に伴い巨視的な観点からの一応の体系化がなされたが,20世紀に入り量子力学を基礎として個々の分子や原子の構造,化学結合の性質が明らかにされ,微視的な観点からの体系化が進められ,のち統計力学によって両者が結びつけられて発展した。分子構造論,化学結合論,化学反応論,化学平衡論,化学熱力学,量子化学などを扱う多くの専門分野がある。
→関連項目オストワルト化学

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「物理化学」の意味・わかりやすい解説

物理化学
ぶつりかがく
physical chemistry

物理学と化学との境界領域を扱う科学。物質変化に伴う物理的影響と,事物の最も完璧な集約的形式である数理機構との間にバランスを保ちながら,自然現象を記述する学問である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の物理化学の言及

【化学】より

…その対象がきわめて広範なので,化学をいくつかの分野に分けて考えるのが便利である。最も一般的な分類は,物理化学,有機化学,無機化学,生物化学,応用化学の対象・方法別の5分野への分類である。これは大学の組織や教育カリキュラム,あるいは専門雑誌の分類などにも対応している。…

※「物理化学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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