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藤原明子 ふじわらのめいし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤原明子
ふじわらのめいし

[生]天長5(828)
[没]昌泰3(900).5.23.
文徳天皇女御染殿后清和天皇の母。良房の娘。父良房が初めて人臣摂政となる因となった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原明子 ふじわらの-めいし

828-900 平安時代前期,文徳(もんとく)天皇の女御(にょうご)。
天長5年生まれ。藤原良房の娘。母は源潔姫(きよひめ)。惟仁(これひと)親王(清和天皇),儀子内親王を生む。清和天皇即位により皇太夫人,従一位となる。のち皇太后,太皇太后染殿后(そめどののきさき)とよばれ,天狗になやまされた説話が「今昔物語集」などにつたわる。昌泰(しょうたい)3年5月23日死去。73歳。名は「あきらけいこ」ともよむ。

藤原明子 ふじわらの-あきらけいこ

ふじわらの-めいし

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原明子

没年:昌泰3.5.23(900.6.22)
生年:天長5(828)
平安前期の文徳天皇の女御,清和天皇の母。藤原良房と嵯峨天皇の皇女源潔姫の娘。名は「あきらけいこ」とも。染殿后と称される。文徳天皇の東宮時代に後宮に入り,即位の年の嘉祥3(850)年4男惟仁親王(清和天皇)を生んだ。同年親王は立太子した。このほか,賀茂の斎院となった儀子内親王を生んでいる。仁寿3(853)年従三位に叙せられ,天安2(858)年清和天皇即位とともに皇太夫人,従一位となる。このとき,清和天皇と共に東宮に遷御し,貞観8(866)年常寧殿に遷るまでの10年余り天皇と同居した。貞観6年には清和天皇元服に伴い皇太后となり,元慶6(882)年には孫陽成天皇の元服により太皇太后となった。文徳,清和,陽成,光孝,宇多,醍醐の6代にわたり,後宮に重きをなした。『古今集』には父良房が明子を桜花にたとえて詠んだ歌が残る。また染殿后の美しさに迷った聖人が鬼となって后を悩ませる話が『今昔物語集』などに伝わっている。

(谷口美樹)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ふじわらのあきらけいこ【藤原明子】

829‐900(天長6‐昌泰3)
平安初期の女御。良房の長女。文徳天皇に入内して,惟仁親王(清和天皇),儀子内親王を生んだ。858年(天安2)清和天皇即位とともに皇太夫人,864年(貞観6)皇太后,さらに882年(元慶6)太皇太后となった。文徳,清和,陽成,光孝,宇多,醍醐の6代50年にわたり,〈染殿(そめどの)の后〉と呼ばれて後宮に重きをなした。良房が〈年経れば齢は老いぬしかはあれど花をし見れば物思ひもなし〉と詠じて,明子を桜花にたとえた話は名高い。

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大辞林 第三版の解説

ふじわらのあきらけいこ【藤原明子】

829~900) 藤原良房の女むすめ。文徳天皇の東宮時代に入内じゆだいし、清和天皇を生んだ。染殿そめどのの后きさき

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世界大百科事典内の藤原明子の言及

【源高明】より

…平安中期の公卿。西宮左大臣と称せられる。醍醐天皇皇子,母源唱女更衣周子。920年(延喜20)源氏賜姓。929年(延長7)元服,翌年従四位上で出身。939年(天慶2)参議となり,累進して冷泉天皇の968年(安和1)左大臣に昇ったが,翌年安和(あんな)の変により失脚,大宰員外帥として配流された。右京四条の彼の広大な西宮第は配流後炎上するが,この邸のことは慶滋保胤の《池亭記》にも記されている。972年(天禄3)帰京,封戸も賜ったが政界には復帰しなかった。…

【藤原明子】より

…平安初期の女御。良房の長女。文徳天皇に入内して,惟仁親王(清和天皇),儀子内親王を生んだ。858年(天安2)清和天皇即位とともに皇太夫人,864年(貞観6)皇太后,さらに882年(元慶6)太皇太后となった。文徳,清和,陽成,光孝,宇多,醍醐の6代50年にわたり,〈染殿(そめどの)の后〉と呼ばれて後宮に重きをなした。良房が〈年経れば齢は老いぬしかはあれど花をし見れば物思ひもなし〉と詠じて,明子を桜花にたとえた話は名高い。…

※「藤原明子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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