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清和 せいわ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

清和
せいわ

熊本県東部,山都町中部の旧村域。阿蘇外輪山 (→阿蘇山 ) 南斜面および九州山地北斜面に位置する。東部と南部で宮崎県に接する。 1956年朝日村と小峰村が合体して清和村が発足。 2005年蘇陽町,矢部町と合体し山都町となる。野菜,クリ,シイタケを栽培し,肉牛を飼育する。北部に井無田高原がある。南部の緑川上流の渓谷一帯は景勝地で,矢部周辺県立自然公園九州中央山地国定公園に属する。

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デジタル大辞泉の解説

せい‐わ【清和】

[名・形動]
空が晴れていてのどかなこと。また、そのさま。転じて、そのような季節。春。
「気候―にして」〈新聞雑誌五八〉
「今こそ溢れぬ―の光」〈横山芳介・都ぞ弥生〉
陰暦4月1日の異称。また、陰暦4月の異称。 夏》
世の中がよく治まっていて穏やかなこと。

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大辞林 第三版の解説

せいわ【清和】

( 名 ・形動 ) [文] ナリ 
空が晴れて気候が穏やかな・こと(さま)。 「日本は気候-にして/新聞雑誌 58
陰暦四月一日、また四月の異名。 「 -の天雲なく晴れて/父の終焉日記」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

清和
せいわ

熊本県中東部、上益城(かみましき)郡にあった旧村名(清和村(そん))。2005年(平成17)矢部(やべ)町、阿蘇(あそ)郡蘇陽(そよう)町と合併し山都(やまと)町となった。現在は山都町の中央部を占める。地名は、当地出身の陸軍大将林仙之(なりゆき)の額書「政清人和」に由来する。旧村域の北部は阿蘇溶結凝灰岩の火山山地、中央部は阿蘇溶結凝灰岩の丘陵・台地、南部は九州山地北部からなり、東境は緑川水系と五ヶ瀬(ごかせ)川水系のほぼ分水界にあたる。約50%の第一次産業就業者率は、米作を基調に畜産(肉牛・酪農)を加味した在来型の農業に、新たに導入されたキャベツ、トマト、クリ、シイタケなどの栽培強化によって維持されている。国道218号が村央を東西に走る。緑仙峡があるほか、大平には徳島系統の清和文楽(ぶんらく)人形芝居(県重要無形文化財)が住民の手によって保存されている。[山口守人]

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