1948年,アメリカの作家N.メーラー25歳のときの処女作。彼自身が従軍したフィリピンの戦場をモデルとした架空の島における日本軍殲滅(せんめつ)の経緯が物語の軸だが,作者の意図は,戦争という極限状況のなかでむき出しにされる人間の生と死の姿を描き出すところにある。冷酷・綿密なファシストの将軍,自由主義者の士官,偏執狂的な下士官,さまざまな過去と階層出身の兵士たちの鮮烈な群像が,壮大なリアリズムの小説的枠組みのなかにみごとにとらえられている。大方の戦争文学がもっている感傷的なヒューマニズムは無縁である。人間の存在の裸形を正確かつ激越に見つめる作家の眼が光っている。しかし,この作品はただ優れたリアリズム小説というだけのものではない。〈白鯨〉を追うエーハブの狂気にも似た,狂的下士官の率いるアナカ山偵察行は圧巻だが,そこには実存の神秘的深淵を果てまで探る後年のメーラーが,すでに立っている。
執筆者:野島 秀勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
アメリカの作家ノーマン・メイラーの長編小説。1948年刊。太平洋上の架空の島アノポペイの密林で、日本軍トーヤク部隊と戦う峻厳(しゅんげん)な知将カミングズ将軍、その部下でリベラルなインテリ少尉ロバート・ハーン、またその部下で狩人(かりゅうど)的な現実感覚を備える鬼軍曹サム・クロフト、クロフトにむなしい反逆を試みるレッド、お人よしのユダヤ人ゴールドスタインなど多くの将兵の非情な人間関係が描かれる。作風はドス・パソス、スタインベックら自然主義作家の影響が濃い。ハーン少尉らの反逆を圧殺する権力側のカミングズやクロフトが、単なる加害者でなく、アメリカ社会の犠牲者でもある一面を掘り下げる性格描写、また軍隊機構が体制の常軌化された日常性によって押し流されている事実を戯画的にとらえる風刺性に、メイラーならではの非凡な独創力がうかがえる。
[飛田茂雄]
『山西英一訳『裸者と死者』全3巻(新潮文庫)』
…ユダヤ移民を父として,ニュージャージー州ロング・ブランチに生まれ,ニューヨークのブルックリンに育ち,1943年,ハーバード大学卒業。翌年太平洋戦争に従軍,48年に屈指の戦争文学《裸者と死者》を世に問い,現代アメリカ小説の旗手としての地位を確立した。以後,《バーバリーの岸辺》(1951),《鹿の園》(1955),《アメリカの夢》(1965),《なぜぼくらはベトナムへ行くのか》(1967)を書いた。…
※「裸者と死者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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