コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

西村五雲 にしむら ごうん

5件 の用語解説(西村五雲の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

西村五雲

日本画家。京都生。名は源次郎。岸竹堂・竹内栖鳳に師事し、その画風を受け継ぎ、花鳥・動物画で名声を得た。画塾晨鳥社を主宰して門下の育成に努めた。京美工・京都絵専教授。帝展審査員・帝国美術院会員・芸術院会員。昭和13年(1938)歿、62才。

出典|(株)思文閣
美術人名辞典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

西村五雲【にしむらごうん】

日本画家。京都生れ。本名源次郎。岸竹堂,のち竹内栖鳳に学んだ。洗練された都会的表現を完成,花鳥,動物を主題にした小品が多い。晨鳥社(しんちょうしゃ)を主宰,京都市立絵画専門学校教授を務めた。
→関連項目山口華楊

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西村五雲 にしむら-ごうん

1877-1938 明治-昭和時代前期の日本画家。
明治10年11月6日生まれ。岸竹堂(ちくどう),竹内栖鳳(せいほう)に師事し,京都画壇で活躍。画塾晨鳥(しんちょう)社を主宰した。京都市立絵画専門学校(現京都市立芸大)教授,昭和12年芸術院会員。昭和13年9月16日死去。62歳。京都出身。本名は源次郎。作品に「日照雨(そばえ)」「秋茄子(なす)」など。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

西村五雲
にしむらごうん

[生]1877.11.6. 京都
[没]1938.9.16. 京都
日本画家。本名,源次郎。1890年岸竹堂,1899年竹内栖鳳に師事。1907年第1回文展で初入選。以後花卉鳥獣を得意とし官展で地位を築いた。1925年帝展審査員,1937年帝国芸術院会員となり,京都市立絵画専門学校教授,晨鳥社の主宰者として後進の指導にも尽力し,山口華楊らの優れた画家を育てた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

西村五雲
にしむらごうん
(1877―1938)

日本画家。京都に生まれる。本名源次郎。1890年(明治23)岸竹堂(ちくどう)に入門し、竹堂没後の99年からは竹内栖鳳(せいほう)に師事する。93年、第6回日本美術協会展で『菊花図』が褒状を受け、1907年(明治40)第1回文展の『咆哮(ほうこう)』で三等賞を受賞。13年(大正2)京都市立美術工芸学校教諭となり、また同年の第7回文展でも『秋興』で褒状を受けるが、翌年から約10年間は病気のため大作の制作から遠ざかる。24年京都市立絵画専門学校教授、33年(昭和8)には帝国美術院会員、37年帝国芸術院会員となる。代表作に『日照雨(そばえ)』『秋茄子(あきなす)』などがあり、画塾晨鳥社(しんちょうしゃ)を主宰して山口華楊(かよう)らを育てた。[二階堂充]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone