洋学者柳河春三(やながわしゅんさん)が1867年(慶応3)10月に創刊したわが国最初の月刊雑誌。創刊の意図は、西欧において月々出版されているマガセイン(マガジン=雑誌)に倣い「広く天下の奇説を集めて、耳目を新(あらた)にせん」がためであった。内容は、西欧諸国の歴史や人物伝のほか、化学、植物、鉱物などに関する新しい知識の翻訳紹介が中心になっている。執筆者は柳河のほか、神田孝平(たかひら)、田中芳男(よしお)、宇都宮鉱之進、喫霞(きつか)仙史である。巻五まで発行して中絶、69年(明治2)9月、巻六を発行したが、柳河の病死により自然廃刊。木版、和紙小形本。発行所は江戸開物社。
[矢作勝美]
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…もとは倉庫や貯蔵庫を意味したこの語が18世紀なかばには雑誌をさすことばとして定着して,アメリカ最初の雑誌が41年にフィラデルフィアで2誌生まれたときにも,その名は《アメリカン・マガジンAmerican Magazine》(創業者ベドフォードAndrew Bedford),《ゼネラル・マガジンGeneral Magazine》(同B.フランクリン)であった。日本最初の雑誌は1867年(慶応3)に柳川春三(やながわしゆんさん)が創刊した《西洋雑誌》である。これは,江戸幕府の洋書調所の洋学者たちの研究グループであった会訳社が発行主体となって,主としてオランダの雑誌から重要記事を翻訳編集したものであった。…
…山東京伝の黄表紙《箕間尺三人酩酊(みけんじやくさんにんなまえい)》(1794)を雑誌とみなすならば,それに載せた紙タバコ入れ店開業広告が(4)の最初のものとなる。 1867年(慶応3)刊行の《西洋雑誌》を日本雑誌の祖とすれば雑誌広告の嚆矢は巻5掲載の中外堂の書籍広告といえよう。徳富蘇峰の《国民之友》第6号(1887)に〈之に広告するの有益なる恐らくは日刊新聞の比に非ざるべし〉の社告があるように,雑誌広告は雑誌媒体の成長とともに注目を集めた。…
※「西洋雑誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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