最新 心理学事典 「初期言語」の解説
しょきげんご
初期言語
early language
【音声の種類と母音・子音の分類】 われわれが発する声には,言語音と非言語音がある。このうち,言語音speech soundとは音声全体から咳やくしゃみなどの非言語音を除いたものであり,われわれがことばを発する際に使用する分節的な音声である。言語音はおおまかに母音vowelと子音consonantに分けられる。母音とは,呼気が声帯を振動させてできる音が妨害を受けず,そのまま咽頭・口腔・鼻腔で共鳴して出てくる音である。母音は声帯の振動を伴う有声音voiced soundであり,その音色は,舌や唇の形状,顎の開閉度などによって特徴づけられる。
一方,子音は,呼気の流れになんらかの妨害が加わって生じる音であり,その音色は,舌・歯・唇の形状や声門の開閉などによって特徴づけられる。子音には,声帯の振動を伴わない無声子音voiceless consonantと,声帯の振動を伴う有声子音voiced consonantとがある。無声子音には破裂音[p][t]や,摩擦音[k][f][s]があり,有声子音には破裂音[b][d][g]や,摩擦音[v][z]などがある。
【乳児の発声器官】 新生児の口腔は相対的に短く,幅が広い。そしてこの空間のほとんどを舌が占めるため,舌の可動性が低い。また,新生児では,喉頭の位置が高く,軟口蓋と喉頭蓋が接しているため咽頭部が狭い。そのため,声帯の振動に共鳴を与えて言語音を出すことが不可能な状態にある。したがって,乳児の音声は,喉頭部の下降による咽頭部の拡大,および軟口蓋と喉頭部の分離によって発達する。これらの変化は月齢4~6ヵ月ころに見られる。
【生後1年間の乳児期の音声発達】 1歳前後で乳児は初めて意味のあることばを発する。それゆえ,誕生後から1歳までの最初の1年間は,前言語期prelinguistic stageとよばれ,ことばを発するための準備期間とみなされる。この時期,乳児の音声がどのように変化してゆくかを以下に段階的に示す。
最初の1ヵ月の間に乳児が出す音声は,ほとんどが呼吸に伴って発せられる反射的な発声や泣き声である。また,反射的でない母音的な音声を発することもある。この音声は,声帯の振動が伴っているが,声道を共鳴腔として十分には利用していないため,鼻音化している。
月齢2~3ヵ月ころになると,依然として言語音は出ないが,機嫌の良いときに,喉の奥をクーと鳴らすクーイングcooingとよばれる音声が現われる。また,この時期ハッハッハッという持続的な笑いが現われるようになる。
月齢4~6ヵ月ころには,声道の共鳴が認められる言語音の生成が可能となる。また,この時期は声遊びvocal playの時期ともよばれ,金切り声やキーキー声,うなり声,唇を震わせて鳴らすブーブー声など,乳児はさまざまな種類の音声を産出する。
月齢6~10ヵ月ころになると乳児は,舌,唇,顎の筋肉を協調して動かすことによって,より高度な発声ができるようになり,規準喃語canonical babblingが出現する。規準喃語は,CV構造をもち,子音と母音の組み合わせを含む音節から構成される。[baba],[mamama]などのように反復されることが多いため,反復喃語reduplicated babblingともよばれる。また,この喃語はリズミカルな性質を有しており,各音節は一定の速さと規則性をもって発せられる。
ヒトの使用する音声言語が,例外なく複数の音節の組み合わせから構成されており,一定のリズムをもっていることを踏まえれば,前記のような特徴をもつ規準喃語は,音声言語の基本的特徴を有するものとみなされる。この喃語が,「canonical」(規準的,標準的)な喃語と名づけられたのも,異なる言語圏の乳児において,規準喃語を構成する子音の種類が共通していることに由来する。
月齢11~12ヵ月ころになると,[babu]のように,異なる音節が組み合わされるようになる。また,イントネーションも多様になり,ジャーゴンjargonとよばれる,あたかもおしゃべりをしているかのように聞こえる発声が現われる。
そして1歳ころになると,乳児はある特定の対象や事象を表わすために,特定の語を使用しはじめる。すなわち有意味語meaningful wordで,ごはんや母親を「マンマ」とよぶといった語である。乳児が発する初めての有意味語や,初期の有意味語は,初語first wordとよばれる。初語は「マンマ」のように,子音プラス母音構造をもつ,1~2音節からなることが多く,[m][b][p][d]などの音韻から構成される傾向がある。これは日本語圏の子どもに限らず,異なる言語圏の子どもにおいても同様である。
【規準喃語と音声言語獲得との関連】 生後6ヵ月以降に現われる規準喃語と,一般的な音声言語獲得との間には連続性が見られる。たとえば,初期の一語発話one-word utteranceの多くが,規準喃語に含まれる子音レパートリーから構成されている。個人の言語発達においても両者は関連し,規準喃語の出現が遅れる乳児は,その後の言語発達においても遅れが生じる。このことから,規準喃語の出現は,音声言語獲得に向けての重要な発達指標とみなすことができる。
規準喃語の出現は,それ以前の音声とは異なり,単に発声・発語器官の生物学的成熟に起因するわけではない。規準喃語を生成するためには,乳児は,自らの発声によって生じた聴覚フィードバックおよび自己受容感覚に基づき,発声・発語器官をコントロールするための学習経験が必要である。そしてこの学習のためには,正常な聴覚の発達,および運動発達が不可欠である。
実際,聴覚障害児では,規準喃語の出現は月齢11~25ヵ月と大幅に遅れ,たとえこの喃語を話せても,その音声全体に占める割合は低い。また,一般に運動発達全般に遅れが見られるダウン症児においても,規準喃語の出現は遅れる。
規準喃語の開始を予測する運動発達の指標の一つとしては,四肢のリズミカルな運動rhythmic behavior(足をけり出す,腕を上下に振るなど)があり,この運動のピーク期は規準喃語の出現時期と重なっている。加えて,江尻桂子・正高信男(2001)によれば,この時期の乳児の発声は,リズミカルな運動と共起することが多い。こうしたリズミカルな運動と共起した音声は,一音節当たりの持続時間が短く,子音+母音構造がクリアであることが多いことから,身体運動が伴うことで,規準喃語の生成に必要な発語器官の迅速な運動が助けられているのではないかと考えられている。
【言語獲得を支える乳児の聴覚の発達】 ことばを習得するためには,乳児は単に,より高度な音声生成の産出をめざすだけでは不十分である。乳児は,周囲のさまざまな音の中から人の声に注意を傾け,その会話から,さまざまなことば(単語)を聞き取ってゆく必要がある。
乳児における,周囲の音に対する反応傾向としては,人工音よりも人の話し声に対して,また,男性の低い音域の声よりも女性の高い音域の声に対して,より反応する傾向がある。また,乳児は,抑揚が豊かでゆっくりとした話し方を好む傾向がある。こうした話し方は,マザリーズmothereseとよばれ,さまざまな言語圏において,養育者が子どもに話しかける際に,これを使用していることが観察されている。
また,生後数日の新生児でも,母親の声とそうでない女性の声とを聞き分けたり,母国語と外国語とを聞き分けたりすることができる。こうしたことができるのは,胎内で母親の話し声を聞く経験を通して,母親の話し方や母語のリズムパターンやイントネーションを学習したためではないかと考えられている。
さらに,新生児でも[ba]と[pa]の音の違いを聞き分けることができる。また,生後半年を過ぎたころから,乳児は日常の中でよく耳にする単語を,そうでない単語と聞き分けるようになる。たとえば,この時期の乳児は,普段よく聞いている育児語(例:ネンネ,ブーブ,クック)のリズム構造をもつ語を,そうでない語よりも,好んで聞く。また,生活の中で,高頻度で使われることばに対して,そうでないことばよりもより選択的に注意を向ける。このように,前言語期の乳児はまだ意味のあることばを産出できないものの,周囲の人びとの話し声に注意を傾け,ことばの理解・産出につながる学習を行なっているといえるだろう。
【言語習得過程における指さしの役割】 前言語期の乳児は,音声だけではなく,視線や表情,身振りなど,さまざまなコミュニケーション手段を用いて周囲の人びととやりとりをしている。なかでも言語習得ととくに密接に関連しているのが,9~10ヵ月齢ころに現われる指さしpointingである。
指さしとは,腕を伸ばした状態で人差し指だけを立て,外界にある特定のものを指で指し示すことである。乳児はこの行為をすることによって,「あそこに~があるよ」「あれを見て」「~をちょうだい」のように,自分の意図や感情,要求を他者に伝えることができる。これによって,外界の事物や事象について他者と注意や興味・関心を共有できるようになる。
指さし出現までの準備段階としては,乳児は生後3ヵ月ころに,指たてindex-finger extensionを行なうようになる。これは,腕を縮めたままの状態で人差し指だけを立てる行動のことをいう。この段階では,とくにおとなに向かって何かを指し示すという行為ではない。しかし,指たてには,声帯の振動を伴う言語音が随伴することが多く,その点で,将来の指さし(発声とともに産出されることが多い)と同じ性質をもつものと考えられる。指たては9~13ヵ月齢ころに減少し,それとともに指さしが急速に増えてくる。
また,指さしが,実際に他者とのコミュニケーション手段として機能するためには,乳児は,相手の視線を読み取ったり,その方向に自分の視線を向け,対象事物に対して注意を向けたりする必要がある。こうした行動の萌芽は生後6ヵ月ころから見られる。
乳児の指さしは,発現しはじめたばかりのころは,必ずしも周囲の人に対して自分の意図や感情,要求を伝えることを目的としたものではない。「あ,あそこに~がある」「あれはなんだろう」といった驚きや気づきに伴い,指さしが行なわれることがよくある。こうした乳児の指さし行動に,自ずと周囲のおとなたちの注意が引き込まれ,乳児の指し示した方向に視線を向けて対象となる事物や事象に気づき,「ワンワンがいるね」「お花が咲いているね」などのように言及する。実際,乳児が指さししない場合よりも指さしする場合の方が,周りにいるおとなは,より頻繁にことばかけをする。したがって,乳児の指さしはおとなからのより多くの言語的入力を引き出す機能を果たしている。
1歳から2歳にかけて,乳児の指さしは,より他者とのコミュニケーションを目的とした行動へと発達してゆく。「~があるよ」「~を見て」といった叙述の機能をもつ指さしのほかに,「これは何」といった質問機能をもつ指さしが出現してくる。そして,乳児は,自分が興味・関心を向け,指さしした事物・事象に,相手が視線を向けたかどうかを確認するようになる。こうした,乳児と他者との間に成立する注意や関心の共有を共同注意joint attentionとよぶ。
月齢9ヵ月ころから出現しはじめた指さしは,1歳から1歳半ころに最も頻繁に産出される。これは,一語発話期に当たるが,この時期,指さしに発声や発語が伴うことが多い。たとえば,乳児は「ワンワン」と言いながら犬を指さし,身近にいるおとなの顔を参照する。これによって,「ワンワンがいるね」「ワンワン怖いね」「ワンワンを見て」「ワンワンの方に行きたい」のように,自分自身の意図や感情,要求を伝えることができる。
しかし,最初はこのように指さしによって,外界の事物や事象,またそれに関する自分自身の内的状態を表現していた乳児も,さまざまな語彙を獲得してゆくにつれ,これらのことをことばによって伝えることができるようになる。したがって,言語獲得が進むにつれて指さしの頻度は減少してゆく。こうしたことが1歳後半から2歳にかけて起こる。
指さしの出現頻度は,その後の言語発達と関連があり,ベイツBates,E.らが9~13ヵ月児を対象に行なった縦断的研究によれば,指さしを多く産出する子どもほど,その数ヵ月後に,より多くの単語を理解し,産出する。このことからも,乳児における指さしは,言語獲得における一つの発達指標としてとらえることができる。
【初期の発話】 初語が現われる時期については,子どもによって個人差はあるものの,生後10ヵ月ころから15ヵ月ころまでが多い。小椋民子によれば,日本語母語話者の子どもが初期に話す語としては,人や体の部分,食べ物,動物を示す普通名詞が多く,次いで社会的相互交渉の場面で使うことば(例:バイバイやネンネ)が多い。また,初期に産出される語は,生活の中で,子どもにとって重要であり,子どもが強い関心を抱いている人や事物の名称であることが多い。
初期に発せられることばは,一語の発話から成る一語文であるが,その意味する内容は多様である。たとえば,同じ「ママ」ということばであっても,「ママ,こっちへ来て」「ママ,それをちょうだい」「ママがいなくなった」「これはママのものだ」などのように,さまざまな意味内容を含んでいる。
言語獲得language acquisitionの第1段階(生後10ヵ月~1歳半ころ)においては,子どもの習得することばの増え方は比較的ゆっくりであり,定着率も高くはない。そのため,いったん産出されたことばが,消失してしまうこともある。しかし,この時期を経て1歳半以降に,言語獲得の第2段階を迎えると,子どもの習得する語の数は,急速に増加しはじめる。この時期は,語彙爆発(語彙のスパート)vocabulary spurtの時期ともよばれている。ただし,語の習得の速度や,習得過程には個人差が見られる。たとえば,初期の発話において,周囲の事物に興味が向き,事物名称を多用するタイプと,人とのかかわりに興味をもち,挨拶や感情表現を多用するタイプがあるといわれている。
【般用generalization】 子どもがことばを獲得してゆく段階において,般用という現象が見られる。ことばの獲得における般用とは,ある特定の対象と音声との連合学習が成立した後,その対象と類似している別の対象に対して,その音声を使用することを意味する。すなわち,子どもが,自分の知っていることばを,他の名前を知らない対象に対しても適用して使うことである。たとえば,言語獲得の初期段階においては,子どもは,「ワンワン」ということばをイヌだけでなく,ネコやウマといった,他の4足動物に対しても使うことがある。このとき,子どもは必ずしもイヌとネコとを同一のものと認識しているわけではない。しかし,ネコもイヌと同じように4足で歩く動物であり,類似している生き物であるという認識のもとに,「ワンワン」ということばをネコに対しても使用する。こうしたことばの使い方は,われわれが新しい情報を取り込む際に,すでにもっている既知の情報に関連づけて類推する帰納的推論の方法を反映している。
言語獲得の初期の子どもにおいては,このように語の使用範囲の過剰適用overextensionが多く見られ,おとなのことばの使い方とは異なっている。しかし,対象に対することばを習得することに伴い,ことばの使用範囲は縮小・限定されてゆく。先の例でいえば,ネコやウマやクマに対して「ワンワン」を使っていた子どもも,それぞれを表わすことばを習得すると,もはやこれらの動物を「ワンワン」とよぶことはなくなる。
こうした語の使用範囲の拡大とは逆に,過剰限定underextensionが起こることもある。たとえば,「ワンワン」ということばを,ある特定のイヌだけを示す固有名詞として使うといった現象である。この場合,おとなの使用の仕方よりも,より狭い範囲に限定して,ことばを用いることになる。しかしこの場合も,さまざまな経験やことばの習得に伴い,固有名詞としての限定的な使用から,イヌ一般に対する使用へと変わってゆく。
【子どもの遊びとことば】 1歳から2歳にかけて,語彙数が急速に増加してゆく時期,子どもの遊びにおいても変化が見られる。子どもは,今目の前にある世界だけでなく,自分自身が体験したことについて,頭の中にイメージを思い描くことができるようになる。それと同時に,見たて遊び(ふり遊び)pretend playや延滞模倣delayed imitationが見られるようになる。見たて遊びとは,ある事物について,他のモノで置き換えて遊ぶことである。たとえば,積み木をブーブーと言いながら床の上で動かして車に見たてて遊ぶ,といった現象である。一方,延滞模倣とは,モデルとなる他者が目の前にいない状態での模倣のことを指し,過去に見た他者の行為を思い出しながら,そのまねをする行為をいう。
以上に示した,見たて遊びや延滞模倣は,頭の中に,過去に自分が経験したことをイメージとして思い浮かべることにより可能となる。こうしたことを子どもができるようになったことをもってわれわれは,象徴機能symbolic functionが,その子どもにおいて成立したとみなす。
ところで,子どもが積み木を車に見たてるというとき,積み木は,他のモノでもかまわない。なぜなら,積み木は,車についてのイメージや知識を表わすための記号(シンボル)にすぎないからである。したがって,ブロックなどの別の物で代用することができる。このとき,シンボル(積み木)と,指示対象(実際の自動車)とを結んでいるのは,思考(車についてのイメージ)である。
日本人がことばを使うときにも,同様のことが起こっている。たとえば,りんごという種類の果物を指し示すために「リンゴ」という語を使うが,英語を母語とする者なら「apple」とよぶだろう。しかし,日本人の間には,このような特徴をもつ果物を「リンゴ」とよぶことにしようという約束事,すなわち共通認識があるために,「リンゴ」という語を用いて,りんごについて語り合うことができる。
以上を踏まえると,子どもの遊びの中に,見たて遊びや延滞模倣が見られるようになることは,象徴機能が発達してきたためであり,子どもがことばを獲得してゆくうえでの重要な基礎が作られつつあることを意味している。 →言語機能 →言語発達 →語意学習
〔江尻 桂子〕
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