計量経済モデルを一言でいえば,一つの連立方程式体系として,同時決定的に経済諸変数の動きを規定するような経済関係式の集りのことである。数学的関係式の形で表された経済理論を前提に,現実の経済データに基づいて,それら関係式のパラメーター推定を行う等,基本的に,数学的理論モデルと近代統計学的手法を使って,現実経済の運動メカニズムを解明しようとするのが計量経済学である。現実経済の諸局面を数量的に表現する経済変数の組と,それら変数の間に安定的に成り立っていると思われるいくつかの関係式を合わせたものが,計量経済学でいうところの経済体系である。それら関係式は,時間的に不変なパラメーターをもちながら一つの連立方程式体系として各経済変数の動きを制約しているものであって,構造関係式ないし構造体系と呼ばれる。たとえば,ケインズ経済学の立場から一つの国民経済をとらえた場合には,t期の国民所得Yt,消費Ct,投資It,政府支出Gtとおいて,経済体系は三つの構造関係式,
Ct=α+βYt
It=γ(Yt-1-Yt-2)
Yt=Ct+It+Gt
によって制約される経済変数の組(Yt,Ct,It,Gt)ということになる。これら構造関係式は,上から順次,消費関数,投資関数,総需給均衡条件式を示し,α,β,γは値の安定したパラメーターである。経済変数の動きについては,構造体系という制約条件があるために,経済外的与件とみなしうるような一部変数の各時点(期)の値が体系外から与えられ,さらに先行する時点--t期に対する(t-1)期,(t-2)期等--の各変数の値が初期値として別に与えられると,各t期の経済変数の値は,構造体系を通じて一義的に決まってしまう。その意味で,構造体系は経済の運動メカニズムの表現とみられるわけである。この場合,各時点の値が与件として体系外から与えられる変数を外生変数(前記ケインズ・モデルではGt)と呼び,それに対して体系を通じてその値が決まってくる変数(Yt,Ct,It)を内生変数と呼ぶ。また先行する時点の内生変数(Yt-1,Yt-2)を遅れをもった内生変数と呼び,外生変数と遅れをもった内生変数を合わせて,先決変数と呼ぶ。
統計的データ解析に先立って,対象とする経済の構造体系の在り方,いいかえればその構造体系がどのような構造関係式から成り,各構造関係式がいかなる変数を含み,かつどのような関数形をとっているか--場合によっては,関係式に現れるパラメーターの値はどんな範囲にあり,どんな性質をもつべきか--を提示するのが経済理論の役割である。現実の構造関係式は,定義式,均衡条件式等一部例外を除いて,必ずなにがしかの攪乱(かくらん)項(誤差項)をもつものであり,したがって経済理論が提示する関係式は,統計的平均の意味でしか成り立たないのが普通である。計量経済モデルとは,このような経済理論的関係式に含まれる未知パラメーターを統計的に推定して作られた構造体系のことである。計量経済モデルは,最近,大型コンピューターの普及にともなって,経済予測,経済計画,政策効果分析等に広く利用されるようになった。
執筆者:中村 貢
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
経済現象を数量的に分析し、あるいは予測するために、その現象に関連する経済的要素を変数として用い、それらの間に存在する因果関係を、経済上の理論に基づいて一般的な数式として表現したもの。
たとえば、消費という経済現象について、それが他の経済要因とどのように関連をもち、その変動とともにどのような大きさとなって定まるかを、計量経済モデルの形で表現することを考えてみよう。人々の消費行動を説明する一つの基本的な経済理論として、消費の大きさは、人間が生存を維持するために必要とされる最低限の消費水準に加えて、所得の増加に比例して増加する消費額によって定まる、という考え方がある。いま、この理論に基づいて、消費を決定すると思われる数量的な関係を表現すると、
C=+αY
と書くことができる。ここで、は理論でいう最低消費水準であり、Yは所得水準、αは所得増加に伴って増加する消費の増加額を定める比例定数(これを経済学では限界消費性向という)である。これらによって左辺の消費額が定まるわけである。
ところが、実際に観測される所得Yとそれに対応する消費Cのデータについてみると、定数であるとαをどのように定めても、すべてのCとYのデータの組をこの式で満足させることはできず、観測データの所得を用いて式の右辺で計算されて得られた値は、一般に、その所得に対応して観測された消費のデータとは、大なり小なりの差が生ずる。そのおもな原因は、人々の消費行動は、基本的には先に述べた所得を要因とする理論によって説明されるとしても、実際には、それ以外の要因、たとえば過去の消費水準、将来の物価の予測、耐久消費財の普及状況、利子率などによっても影響されることによる。現実の経済現象を数量的にできる限り正確に把握することを目的とする計量経済モデルにおいては、理論では説明しきれない要因からの影響をも明示的に考慮する必要がある。そのために、経済理論に基づく経済要因以外の諸要因からの効果を一括して取り扱うことにし、その値は一定の因果関係に基づいた確定的なものとしては理解できないところから、確率的に定まるものと考える。そして、それをvと表現する(これを確率攪乱(かくらん)項とよぶ)と、前述の式は次のようになる。
C=+αY+v
このように、経済理論を基礎としながらも、現実の経済行動をできる限り忠実に数量的に把握するための確率攪乱項が導入されるところに計量経済モデルの一つの特徴があり、それはまた、経済現象の基本的な法則性をみいだすことを主目的とする経済理論との違いを表すものといえる。
[高島 忠]
…とくに,第2次大戦後,世界の多くの国々で,政府が中心となって経済統計の収集に大きな努力が払われると同時に,コンピューター技術の長足の進歩によって,大量の統計データを処理し経済予測,理論の検証ないしは政策効果の測定などに効果的な形で用いられるようになってきた。 とくに1940年代後半から50年代の初めにかけて開発されていった計量経済モデルの作成は経済政策の立案過程だけでなく,経済学研究のあり方に対しても無視できない影響を与えることになった。計量経済モデルはもともと,ケインズ経済学の考え方を一つの数学的な理論モデルの形に定式化し,統計的なデータを基にして,その構造パラメーターを推計しようとするものである。…
…さらに,各国において経済統計資料の拡充や蓄積が進むとともに,コンピューターの長足の進歩によって計算処理能力が発達し,60年代以降の計量経済学におけるモデル分析はめざましいものがある。
[モデル分析]
ケインズ経済学に基づく簡単なマクロ計量経済モデルを用いて,計量経済学におけるモデル分析がどのようになされるかを説明する。いま国民所得をY,消費支出をC,投資支出をIとすると, Yt=Ct+It ……(1) Ct=α+βYt+γCt-1+μt ……(2) というt期に成立する一つの経済モデルが考えられる。…
※「計量経済モデル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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