改訂新版 世界大百科事典 「経済予測」の意味・わかりやすい解説
経済予測 (けいざいよそく)
経済量が将来とる値を予測することを目的とする経済予測なるものは,予測を行う際の予測期間の点から,短期予測,中期予測,長期予測に区分される。予測期間は,短期予測では3ヵ月ないし1年前後,中期予測では3~6年,長期予測では10~15年にとられるのが普通である。予測対象となる経済量としては,生産,雇用などはどの期間の予測にも共通して重要なものであるが,概して短期予測では資本ストックや生産能力は外生的与件として,物価,利子率,マネー・サプライ,為替レート,国際収支といった,価格的指標ないし財政・金融面の指標が重要な予測対象となるのが普通である。これに対して中期予測では,予測対象はより実物経済的な指標に重点が移り,技術進歩や生産性の動向という点も重要な考慮事項となってくる。さらに長期予測では,資本ストック,生産能力等の変化といった,より長期的におこる構造変化ないし与件変化の影響の解明が最重要課題となってくる。なかでも,一般価値観の変化や技術進歩,資源条件変化の影響は重要なものであるが,これら要因の将来動向自体,その予測はきわめて困難であるために,長期予測というものは,客観的事実関係,状態の予測というよりはむしろ,整合性をもった成長シナリオの提示という意味をもつことが多い。
経済予測の手法
大きく分けて四つある。第1は,外挿的予測であり,対象経済量の時間的動きについて,過去から現在までの実現値だけを使って表現された,一種の傾向線を推定し,その傾向線を将来に外挿する形で,将来値を予測する方法である。この手法の場合は,ある経済量の予測に際して,時間以外の外生的説明変数や自分自身以外の他の経済量の値はいっさい利用せず,その経済量の過去の動きだけを眺めて,そこに趨勢(すうせい)線,循環運動,自己回帰式等安定的な運動ルールを見いだすことが基本である。経済の運動経路の中に,さまざまな周期の自律的サイクルを探る,C.ジュグラー,J.キチン,N.D.コンドラチエフらの景気循環研究などは,このような予測手法に一つの基礎づけを与えるものである。このいき方の場合には,各経済量は原則として他の経済量の動きから影響を受けることなく,ただ時間だけを説明変数として自律,独立的に,一つの運動経路をたどっていく,という考え方がとられている。したがって,複数経済量間の体系的相互依存関係を表す経済理論なるものは援用しない点が特徴的である。
第2は,先行指標予測であり,その手法の場合は過去の経済統計データの時系列解析を通じて,各種の経済量の動きの中に規則的な先行-遅行関係を見いだすことが基本である。その先行-遅行関係を使って,先行的に動く経済量の動きから,それに遅れて動く他の経済量の動きを予測するいき方で,それは原則的に短期予測の手法である。この予測手法はW.C.ミッチェル,バーンズArthur Frank Burnsらアメリカ制度学派の人たちを中心に,その研究が進められてきた。
ここで使われる経済量間の先行-遅行関係は,一つずつの経済量の間の時間的前後関係の代りに,それぞれ複数経済量から成る先行グループ-遅行グループといった,異なった経済量グループ間の時間的前後関係をとることもできる。また対象となる個別経済量も,通常の経済量の代りに,前期に比べて上昇中のものは1,下降中のものは-1,変わらないものは0,というように,なまの経済量を加工,簡単化したものをとることもできる。このように,経済量がとる値を1,0,-1といった,簡単な一種の景気指標に変換したうえで,各種経済量グループ間の先行-遅行関係を見いだし,その関係を使って先行グループ指標の動きから遅行グループ指標--一致指標,遅行指標--の動きを予測する,といういき方が,ディフュージョン・インデックス(景気動向指数)による景気予測の手法である(〈景気指標〉の項参照)。先行指標予測の場合も,原則的に経済理論的関係は利用しない点は,外挿的予測の場合と同様である。
第3は,アンケート予測で,主要企業,経済研究機関,経済学者,エコノミスト等へのアンケート調査から得られた個別の意見,計画等を集計,平均化して,経済予測を行ういき方である。短期の景気予測,投資予測,さらに技術予測といった,どちらかといえば理論モデルでは扱いがたい対象についての予測に使われることが多い。
第4は,モデル予測であるが,以上あげた三つの予測手法の場合と違って,この場合はなんらかの形で経済理論を前提し,その理論が示す経済量間の構造的枠組みないし連立方程式体系を使って,予測がなされる点が特徴的である。現在最も一般的に使われている積上げ式予測なども,そこでは明確な形で連立体系モデルは使われてはいないが,基本的にはケインズの有効需要理論から出発して,まず一種の実態調査的手法で,個別的に家計消費,民間設備投資,政府支出,輸出入差額のような,GNPの各最終需要成分の将来値を予測し,それら個別予測値を加え合わせたGNP予測値と最初にとられた各個別予測値の間の整合性を考えながら試行錯誤を繰り返して,最終的GNP予測値,景気予測に到達する点で,やはり広義モデル予測の中に含めて考えるべきものであろう。
しかしながら,モデル予測の典型は,連立体系アプローチである。それは一つの経済理論の表現である複数経済量についての連立方程式体系から出発して,過去標本データをもとに,近代統計学的手法によって体系を構成する各構造関係式の係数パラメーターを推定し,その体系では説明できないその他外生変数の値は別途予測し,もしくは外から借りてきたうえで,一種の条件付予測の形をとりながら,連立方程式体系としての計量経済モデルを解いて各経済量の予測を行う方式である。連立体系モデルを使った統計的予測は,最近の大型コンピューターの普及にともなって,全世界的に一般化される傾向にある。この予測手法は,経済理論的には最も自然な,優れた手法とみられる反面,1978年秋の石油危機後よく問題となるような,標本期間中の構造変化が考えられる状況下では,その適用には慎重さが求められることはいうまでもない。
執筆者:中村 貢
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報