鎌倉・室町幕府における職名。評定衆中の長老から選任されて、評定会議の幹事役を勤める。鎌倉幕府においては、1251年(建長3)6月の評定を安達義景(あだちよしかげ)に奉行させたことに始まるとされる。以後、引付頭人(ひきつけとうにん)を兼ねる評定衆の長老のうち、北条氏以外から選任される例となった。室町幕府もこの職制を受け継ぎ、足利尊氏(あしかがたかうじ)は畠山国清(はたけやまくにきよ)を任命した。その後、評定衆を出す家のうち、佐々木、二階堂(にかいどう)、摂津(せっつ)氏などから年功によって選任された。やがて応仁(おうにん)の乱(1467~77)以後は摂津氏の世襲するところとなったが、評定制そのものの衰退に伴って、評定奉行も常置されなくなり、単に評定始(はじめ)の儀式を行うだけになった。
[山本博也]
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