改訂新版 世界大百科事典 「賃金生存費説」の意味・わかりやすい解説
賃金生存費説 (ちんぎんせいぞんひせつ)
賃金水準は,労働者の生存費によって決定されるとする賃金学説。その発想は,W.ペティや重農学派にもみられるが,A.スミスによる古典派経済学の体系化をうけてこれを純化したD.リカードにおいて最も明確な理論的表現に達した。すなわちリカードは,偶然的事情で変動する市場価格とその基準となる自然価格とを区別したうえで,〈労働の自然価格は,平均的にいって労働者たちが生存しかつ彼らの種族を増減なく永続させるのに必要な,その価格のことである〉(《経済学および課税の原理》第5章)と規定している。生存費説による自然価格を労働の市場価格が上まわれば,人口増加がうながされ,労働の供給が増加して労賃を引き下げる作用が生じ,その逆ならば逆になるという人口法則がその背後に想定されていた。このリカードの賃金学説をやや一面的に継承し,F.ラサールは,賃金は労働者と家族の生存最低費に帰着する〈鉄のような経済法則〉があると主張(賃金鉄則説)した。ドイツ社会主義労働党ゴータ綱領(1875)にもラサールの賃金鉄則がとり入れられ,マルクスの《ゴータ綱領批判》(1890-91)での論争をうけている。マルクスもリカード賃金学説の成果は継承しているが,しかし,賃金は労働のではなく労働力の価値をあらわすと規定することにより剰余価値生産の原理を明確にし,あわせて労働力の価値規定には歴史的・文化的要素も入るとしているところに,マルクス賃金理論の特色がある。
→賃金
執筆者:伊藤 誠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報