人口をめぐる諸現象,ことに人口の過不足の動態とその原因や作用をめぐって主張される法則をいう。人口法則をどのように理解するかは,経済社会全体の仕組みや運動をどのように理解するかに応じて異なりうるし,逆にまた経済社会全体についての理解を左右する意義をもつことが少なくない。
A.スミスとD.リカードに代表される古典派経済学は,ほぼつぎのような人口法則を想定していた。すなわち,人口が不足すれば労働市場で賃金が上がり,人口増加がうながされ,その結果やがて労働の供給が増大して,賃金が反落する。人口が過剰になれば,これらの逆の一連の反応が生ずる。結局,労働の自然価格をめぐる賃金の上下運動にみちびかれて,人口の増加と減少が法則的にくりかえされながら,その過不足の調節が実現されてゆく。それは,自由な商品経済の運行が自然で調和的な経済秩序をもたらすとみていた理論構成のなかで,商品生産物と同様の需給調整の論理を人口現象にも適用するものであった。しかし人口の増減が賃金の騰落に応じて調和的に生ずるものとする想定には無理があった。
T.R.マルサスは《人口論》(初版1798,再版1803)において,こうした予定調和的人口論に対立し,人口増加は幾何級数的であるのに,土地の生産物に依存する生活資料は算術級数的にしか増加しないという自然的不均衡を強調し,そこから労働者階級の貧困や悪徳が不可避となると主張していた。《人口論》の再版以降では,その対策として人口増加を制限する道徳的抑制の必要が説かれている。19世紀末以降の新マルサス主義は,道徳的抑制に代えて産児調節を重視するものとなるが,これを介しマルサスの人口法則論は,現代の資源・人口問題の論議にも影響を与えつづけている。
K.マルクスは,マルサスにおいて人口過剰や貧困が不可避的な自然法則によるものとされていることに反対し,〈どの特殊な歴史的生産様式にもそれぞれ特殊な歴史的に妥当する人口法則がある〉(《資本論》第1巻第23章第3節)と指摘した。マルクスによれば,資本主義的生産様式のもとで労働人口の過剰化と貧困化をもたらすのは,資本蓄積の動態にほかならない。そのさい,賃金に投じられる可変資本にたいして原料・機械に投じられる不変資本の比率を示す資本構成が不断に高度化してゆき,相対的過剰人口(〈産業予備軍〉の項参照)が累進的に増大するとされ,いわゆる窮乏化法則(窮乏化説)がそこからひきだされる論理には,理論的・実証的にさまざまな疑問もよせられている。他方,資本構成不変の蓄積にともなう労働力需要の増大の結果,労働人口の相対的不足から蓄積がゆきづまり,ついで資本構成を高度化する蓄積によって相対的過剰人口が形成され,その困難が解決される論理を,マルクスが述べている側面は,恐慌論のひとつの有力な基礎としても重要なところである。資本主義的人口法則は,資本蓄積の動態によってひきおこされる人口の〈相対的な〉過不足にあらわれるとするマルクスの原理的考案は,より現実的な諸要因をふくめて現代の人口問題を分析しようとするさいにも,基本的参照基準とされてよいものである。
→マルサス主義
執筆者:伊藤 誠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…《資本論》はここで,恐慌を含む産業活動の交代〈産業循環〉を説き,後に第3巻〈利潤〉での〈資本の絶対的過剰生産〉論による,恐慌論の基本的視点を与えている。 マルクスは相対的過剰人口を〈労働需給の法則が運動する背景〉だとし,その形成とそのうえで展開される労働供給の満干運動をもって,〈資本制生産様式に特有な人口法則〉としたのである。これは,蓄積の運動と賃金変動を,人口の絶対量の増減に対応させて考えた,古典派の人口法則に対する批判であった。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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