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赤倉[温泉] あかくら

百科事典マイペディアの解説

赤倉[温泉]【あかくら】

新潟県中頸城(なかくびき)郡妙高高原町(現・妙高市)に属し,妙高山東麓,標高758mの高原上にある。含ボウ硝重炭酸土類泉。56℃。当初,修験の霊場として入湯は許されなかったが,1814年ころ高田藩により経営が始められ,のち民間に渡された。
→関連項目妙高高原[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

あかくら【赤倉[温泉]】

山形県北東部,最上郡最上町にある温泉。セッコウ泉,36~72℃。9世紀に慈覚大師発見の伝説をもつ。最上川支流の小国川河畔に位置し,かつては近隣の湯治場であったが,1917年陸羽東線が通じてから開け,バスの便がよい。背後の大森山(897m)北麓には国設赤倉温泉スキー場があり,付近に寿合(すあい)ノ滝,御鷹ヶ淵,荒沢不動ノ滝などの景勝地がある。小国川では釣りが楽しめる。【谷沢 明】

あかくら【赤倉[温泉]】

新潟県中頸城(なかくびき)郡妙高高原町にある温泉。妙高山東側の標高750m前後にあって,妙高高原温泉郷の中核をなす。県内では関温泉(18世紀初め)に次いで歴史のある温泉で,1818年(文政1)に高田藩営事業として妙高山の北,地獄谷称名滝付近より湧き出る湯を引き開湯したのに始まる。重炭酸土類泉,60℃。開湯以来近郷の湯治客,越中,能登からの善光寺参詣の団体客も訪れた。87年信越本線が開通して北国街道がさびれたが,東京資本により近代的温泉地に開発された。

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世界大百科事典内の赤倉[温泉]の言及

【妙高温泉郷】より

…新潟県南西部,妙高山(2446m)東麓の妙高高原に開けた温泉郷。標高の高い順に,約1100mの燕(つばめ)温泉(含土類セッコウ泉,45℃),約900mの関温泉(含鉄食塩泉,46℃),700~800mの赤倉温泉(重炭酸土類泉,60℃),池ノ平温泉(単純泉,60℃),500~600mの妙高温泉,新赤倉温泉(いずれも赤倉温泉からの引湯)と並ぶ六つの温泉からなる。享保年間(1716‐36)開湯の関温泉が最も古く,大正末期開湯の池ノ平温泉,新赤倉温泉が最も新しい。…

【妙高高原[町]】より

…近世には中心集落関川に高田藩の関所が置かれ,田切,二俣とともに北国街道の宿場町として栄えた。1815年(文化12)に赤倉温泉が発見され,高田藩の藩営事業として開発が進められた。明治末ころからは温泉避暑地として全国的に知られるようになり,妙高温泉郷に属する妙高温泉,池ノ平温泉,新赤倉温泉などが開かれた。…

※「赤倉[温泉]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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