改訂新版 世界大百科事典 「軍事情報」の意味・わかりやすい解説
軍事情報 (ぐんじじょうほう)
military intelligence
情報という言葉は非常に広い概念を含んでいるが,狭義には,情報とは知識である。もちろん,その知識はそれを必要とする人あるいは組織体のもつある目的に合致し,要求にこたえることができるように処理された知識である。軍事情報とは,諸軍事行動を計画あるいは実施するために必要な,諸外国の予想および実在の敵,あるいは作戦地域の気象,地形などに関する情報資料を整理して得た知識をいう。広義にはこの知識のほかに,これを生み出す情報組織と情報活動とを含めて軍事情報という。また,自国に不利をもたらすような相手の情報活動を防止し,無効にするための知識,組織および活動を対情報counterintelligenceという。この対情報には,もっと広く,国際的な政治工作など,いわゆる諜報活動までをも含める場合がある。
情報が具備すべき基本的要件は,何よりもまず,役に立つということである。情報の内容がいかに正確なものであっても,情報を必要としている人,組織体の目的に合致したものであり,かつ,必要なときに入手されるものでなければならない。すなわち情報には,適時性,正確性,完全性が備わっていなければ価値がなく,特に適時性が優先する。
近時,情報収集の手段が増大し,多様化し,近代化され,また情報処理も機械化,迅速化されてきているので,相手にまさる総合的な情報能力が一層重要になってきている。情報活動は国際政治面でも多様に展開されており,各国とも平時からの総合的な情報活動を重視している。
情報の分類
軍事情報は一般に戦略情報と戦術情報に大別される。
戦略情報とはおもに国防責任者に対して提供されるもので,関係諸外国の国力(特に戦争遂行能力,弱点など),予想される軍事行動の推定等に関する知識である。その内容は,顕在的,潜在的な両面からみた能力と国家的な意図の両面から追求される。能力の判断は,その国の天然資源および工業生産力,政治的安定度,経済力,人口,軍事力,科学技術の研究開発状況および地誌などを考察することによって行う。また,国家的意図の推定は,その国の国家目標,軍事政策,外交政策,国内政策,国際関係,国防首脳の人物と思想,国民心理およびイデオロギーなどを考察することにより行う。
戦術情報とは戦場における作戦軍の指揮官に対して提供されるもので,敵軍の作戦遂行能力,弱点,部隊の配置,可能な行動,予想される作戦行動の推定および作戦地域の地誌などに関する知識である。部隊指揮官や幕僚はそれによって必要な状況判断や見積りを行う。
情報源
情報資料を入手する源になる人,物,行為および現象のことを情報源と呼ぶ。主要な情報源には次のものがある。(1)外国の新聞,出版物等。(2)外国のテレビ・ラジオ放送。(1)(2)の類をまとめて公開(公刊)情報と呼ぶことがある。軍事情報のかなりの部分は専門家の手による公開情報の分析から得られる。(3)海外在住者,海外渡航者。(4)レーダー情報。航空機,艦船等の活動に関する資料を入手するのに利用される。レーダーの性能は1980年代に入ると著しく向上した。1985年6月,沿海州のソ連機の行動を把握するため米太平洋軍がOTH(オーバー・ザ・ホライゾン)レーダーを設置するという計画が伝えられた。一般の対空警戒レーダーの探知範囲が約350kmまでであるのに対し,約1000~4000kmまでの間をカバーすることができる。(5)ELINT(エリント)(electronic intelligence,電子情報)。外国の発射する通信用以外の電磁波(たとえばレーダー電波)を傍受して得られた情報および相手の電子技術に関する知識をいう。たとえば相手側のレーダーの種類,性能を知ることで,それを妨害したり欺瞞することが可能となる。(6)COMINT(コミント)(communication intelligence,通信情報)。外国の通信活動を主たる情報源として得られる情報および通信に関する技術的知識をいう。たとえば電波の発信地,通信量などの分析により相手部隊の配置等が推定でき,暗号が解読できれば非常に確度の高い重要な情報を知ることができる。(7)スパイ。諜報(ちようほう)活動はきわめて古い歴史をもつ。情報活動におけるスパイの役割は大きく,ときに情報活動の決め手ともなる。
このほか,写真,各種赤外線センサー,捕虜などさまざまな情報源が利用される。
軍事戦略情報の偵察手段としての人工衛星は1970年代に著しく発達し,ELINT,COMINT,写真等の収集のかなりの部分は人工衛星によって行われている。しかし,それ以前においては高々度の長距離偵察機や海上からの情報収集艦に依存することが多かった。たとえば60年5月,アメリカのU2型機がソ連領内で撃墜されたが,同機はそれ以前よりソ連領内の写真撮影,電波の傍受等に従事していたといわれる。また62年,キューバを偵察したU2型機はミサイル基地を発見,キューバ危機のきっかけとなった。68年朝鮮民主主義人民共和国に拿捕されたアメリカの情報収集艦プエブロ号や69年同国に撃墜された電子戦用偵察機EC121は,ELINT,COMINT情報を収集していたものと思われる。アメリカは59年,ソ連は62年より偵察衛星の打上げを開始,相手に阻止されることなく上空より写真撮影,電波傍受等を行うことが可能となった。このほか,核爆発探知衛星,早期警戒衛星,測地衛星,気象衛星がおもにアメリカ,ロシア(ソ連)により運用されてきている。米・ロ・欧各国の衛星システムの開発は非常に進んでおり,アメリカの能力はその中でも特にすぐれている。継続的に地球を監視する衛星システムを持ち,空軍宇宙軍の中に衛星早期警戒システム(SEWS)を有し,インド洋,大西洋,太平洋上に各1個の衛星を配置,赤外線監視・警戒システムを搭載している。ロシア防空軍も,ICBM/SLBM発射探知能力を有する衛星9個,写真偵察衛星2個,電子情報収集衛星11個,偵察衛星3個を保有している。1997年9月にアメリカ国防総省は巨大なレーダー砲で地上から人工衛星を破壊する実験を検討中であることを明らかにしたが,将来,衛星情報をめぐる各国の技術開発競争は一層熾烈になるであろう。
→軍事衛星 →偵察機 →電子戦
歴史
情報活動は人々が数千年,あるいはそれ以前からやってきたことである。中国最古の兵書《孫子》には随所に,戦いの中における情報の重要性が説かれ,また旧約聖書の中にも情報についての考え方があらわれており,特に偵察行動が重視されている。たとえば《孫子》の第十三,用間篇には〈先知なるものは鬼神に取るべからず。事に象(かたど)るべからず。度に験(けみ)すべからず。必ず人に取りて敵の情を知るものなり〉とあり,人の集めた情報によって敵情を知ることを強調している。間者として用いられるものとして,郷間(現地住民),内間(内通者),反間(二重スパイ),死間(欺情報),生間(斥候)をあげている。
19世紀後半になって運輸・通信手段が発達するにつれて情報活動も活発になり,さらに20世紀に入って飛行機が実用化され,無線通信手段が進歩したことによって,情報収集,伝達の速度は一層はやくなった。戦いにおける情報の比重,地位が特に重要視されるようになったのは第2次大戦以降である。電子通信技術の革新的な発達がより一層その傾向を強くしている。また,単に軍事情報というにとどまらず,政治,経済,外交,科学等を含む非常に広汎な分野にわたっての戦争遂行能力の判断が必要になってきた。それら広汎な情報を収集する手段としての諜報活動,電波・通信情報,電子情報,航空機・衛星による写真偵察,レーダー情報なども今後ますます発達し,情報処理のための各国情報機構も強化されてゆくであろう。
→情報機関
執筆者:寄村 武敏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報