軍法会議(読み)ぐんぽうかいぎ(英語表記)court-martial

翻訳|court-martial

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

軍法会議
ぐんぽうかいぎ
court-martial

陸・海・空軍などの軍の軍規違反に対して,軍法に従い軍によって行われる裁判。通常,軍人軍属を対象とするが,戒厳令,占領など軍の行政下におかれた地域では軍人,軍属以外も対象となりうる。イギリスで近代的な軍法会議制度が生れたのは,チャールズ1世の在位中 (1625~49) の勅令によってであるが,1689年の反乱法 Mutiny Actによって立法化された。日本においては,1921年陸・海軍それぞれの軍法会議法によって定められた。高等軍法会議,師団軍法会議が常設され,戦時,事変には特設軍法会議が設けられた。軍事司法機関としては明治2 (1869) 年に兵部省に設けられた糺問司が初めである。軍法会議は天皇の司法大権によって,陸海軍将校を判士,文官を法務官として裁判が行われた。すなわち,法制上明治憲法下において軍法会議は,同法 60条を根拠に陸軍軍法会議法 (大正 10年法律 85号) および海軍軍法会議法 (大正 10年法律 91号) で陸海両軍ほぼ同様の組織や手続を定めていた。常設のものと臨時のものとがあり,戒厳令下の地域にあっては一般の国民をも審判した。日本国憲法においては,この種の特別裁判所設置は禁止されている (76条2項) 。

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デジタル大辞泉の解説

ぐんぽう‐かいぎ〔グンパフクワイギ〕【軍法会議】

軍人・軍属などを裁判する特別刑事裁判所。日本では大正10年(1921)に設置、昭和21年(1946)廃止軍事裁判所

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百科事典マイペディアの解説

軍法会議【ぐんぽうかいぎ】

軍人,軍属,敵国の軍人や住民などを裁く特別裁判所。軍紀を維持し,利敵行為を裁くため,一般社会とは異なる軍独自の秩序の維持の必要から設けられた。起源はフランス。日本では1869年兵部(ひょうぶ)省に設置された糺問(きゅうもん)所が最初。1872年陸軍裁判所,海軍裁判所が設けられたが,それぞれ1883年の陸軍治罪法,1884年の海軍治罪法で軍法会議として法定された。軍法会議の最高長官は陸海軍大臣だが,実際には陸海軍将校である判士と司法官試補から選任された法務官(合計5人)とが裁判官であった。日本国憲法は特別裁判所を設置することを認めていないが,多くの国に軍法会議の制度が存在している。→軍事裁判
→関連項目司法機関

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世界大百科事典 第2版の解説

ぐんぽうかいぎ【軍法会議 court martial】

主として軍人,軍属などに関する刑事裁判を取り扱う特別裁判所。戒厳令下,占領下など軍の行政下に置かれる場合には軍人,軍属以外もその対象となる。イギリスにおいては1689年の反乱法Munity Actによって軍法会議の設置が認められたのが最初である。イギリスの軍法会議には,5名以上の判士からなり,すべての犯罪を審理する一般軍法会議,3人以上の判士からなり,2年間の拘禁を限度とする地区軍法会議,イギリス国外で開かれる野戦一般軍法会議とがある。

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大辞林 第三版の解説

ぐんぽうかいぎ【軍法会議】

軍人・軍属の犯罪を裁く特別刑事裁判機関。日本では1882年(明治15)創設、1921年(大正10)に陸海軍軍法会議法として制定。第二次大戦後、廃止。軍事裁判所。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

軍法会議
ぐんぽうかいぎ

軍に属する特別の刑事裁判所をいう。軍法会議は、市民革命前のフランスにおいて、国王が出征部隊に特別の処罰機関を設けて、兵士の犯罪や軍紀違反を処罰させたことに始まる。同国では、1857年に法律によって軍法会議制度を整備した。
 日本では明治維新以後、初め兵部省内に糺問司(きゅうもんし)が設けられ、のちに陸・海軍各省内に陸軍裁判所・海軍裁判所が設けられたが、1883年(明治16)の陸軍治罪法により陸軍軍法会議が、また84年の海軍治罪法により海軍軍法会議が法定され、1921年(大正10)の陸軍軍法会議法・海軍軍法会議法により改正され、46年(昭和21)に廃止されるまで存続。軍法会議には、たとえば陸軍の場合、高等・軍・師団軍法会議のような常設のものと、戒厳宣告の際の合囲地軍法会議および戦時・事変の際に編成された部隊の臨時軍法会議のような特設のものとがあった。陸軍軍法会議の場合、裁判権は、陸軍の軍人、召集中および勤務中の在郷軍人、軍属などの準軍人、陸軍用船船員、俘虜(ふりょ)に及び、裁判官は判士(陸軍兵科将校)、陸軍法務官より構成された。また被告人は、弁護人として、陸軍将校・陸軍高等文官または同試補・陸軍大臣指定の弁護士のなかから選任することができた。
 戦後、日本国憲法第76条2項は特別裁判所の設置を禁止したので、軍法会議を設けることは違憲と考えられる。[古川 純]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ぐんぽう‐かいぎ グンパフクヮイギ【軍法会議】

〘名〙 軍事裁判法により軍人、軍属などに関する刑事裁判を取扱う特別裁判所。平時から常設されるものと戦時特設されるものとがあり、訴訟手続が異なる。長官は軍隊の指揮官で、裁判官には大部分将校が任命される。日本では明治一五年(一八八二)陸軍軍法会議創設。大正一〇年(一九二一)陸海軍軍法会議法により改正され、昭和二一年(一九四六)まで存続。軍事裁判所。
※軍制綱領(1875)〈陸軍省編〉一「軍法会議は平時大、中、少主理、書記諸員を置き」
※一兵卒の銃殺(1917)〈田山花袋〉二二「つかまへられれば軍法会議に廻されて重い刑に附せられるのだ」

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世界大百科事典内の軍法会議の言及

【軍事司法制度】より

…罰として体刑(笞刑(ちけい)など)や死刑が頻繁に行われ,デシメーションdecimation(兵士10人につき1人を処刑する処刑者選択制度)という古式の刑も行われた。中世の軍事裁判は単純,粗野であり,代表的な例はイギリスのリチャード1世が十字軍内部の窃盗や争いを禁じた1190年の律令であるが,手続規定や軍法会議はなかった。中世後期,西欧にはかなり精密な軍法典が現れ,一部はローマの先例にならい,一部はフランクやゲルマン諸国の法規慣例に基づいていた。…

※「軍法会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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