日本国憲法(読み)にほんこくけんぽう

日本大百科全書(ニッポニカ)「日本国憲法」の解説

日本国憲法
にほんこくけんぽう

大日本帝国憲法明治憲法)にかわって施行された、現在の日本の成文憲法典。1946年(昭和21)11月3日に公布、翌47年5月3日から施行された。

[池田政章]

憲法成立の経緯

太平洋戦争の終結直後、ポツダム宣言の条を実施するために、大日本帝国憲法を改正する必要があるかどうかについて論争が生じ、かならずしもその必要はないという意見もあったが、大勢は改正すべきであるという意見が強かった。さらに1945年幣原(しではら)内閣は連合国最高司令部(GHQ)から、憲法改正を考慮すべきの指示を受け、これによって明治憲法の改正は必至となった。政府は、松本烝治(じょうじ)国務相を長とする憲法問題調査委員会を設けて、改正案の審議を行い、翌年1月いわゆる松本案が作成された。しかし、GHQはこれを日本民主化のためには不適当なものとして、別の憲法草案(いわゆるマッカーサー草案)を起草して、2月13日その採用を日本政府に求めた。日本政府はこの草案に基づいて憲法草案を起草し、3月6日に発表した。この草案は正式に枢密院の諮詢(しじゅん)を経て、6月20日に第90帝国議会に提出された。衆議院で2か月、貴族院で1か月を費やして審議され、いずれも多少の修正が加えられたうえで可決された。議会における審議は活発に行われ、批判的意見も多く述べられたが、結局、GHQが速やかな可決を要請していたという事情から、両院での反対者はきわめて少なかった。憲法改正案は枢密院の可決後、天皇の裁可を経て、11月3日に公布された。そして日本国憲法第100条の規定に従い、47年5月3日から施行された。

[池田政章]

構造と特色

日本国憲法は、前文および11章103条からなる。これは明治憲法の7章76条に比べるとかなり長い。日本国憲法は、国の根本法に関する事項をすべて規定するという方針をとったからであり、各条文の規定の仕方も、明治憲法に比べ詳細になされている。

 その基本的たてまえは、外に向かっては平和主義を確立し、内に向かっては民主政治を実行することにある。民主政治の実行は、国民主権と基本的人権尊重という二つの原理によって運営されるから、日本国憲法の基本原理は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義であるといえる。国民主権とは、主権は国民にあるという原理をいい、国民は「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」するのであって、代表民主制がたてまえである。基本的人権の尊重とは、個人を個人として尊重しようという原理であり、国民ひとりひとりの生命や自由をたいせつに保護するのがその目的である。また平和国家の実現のために、戦争の放棄と戦力の不保持を規定している。各章の内容は概略次のとおりである。

[池田政章]

前文

世界各国の憲法では、その憲法の制定目的、基本原理、制定者の覚悟などを前文で掲げるのが通例であり、日本国憲法も相当に長い前文をもっている。四節からなり、そこでは国民主権、民主主義、平和主義、国際協調主義について述べている。この前文は形式上、憲法の一部をなすものである。

[池田政章]

天皇

太平洋戦争が終結したとき、天皇制について廃止論があったが、日本国憲法は、天皇を国と国民の統合の象徴として存置し、第1章(1条~8条)をこれにあてた。その地位は世襲制であるが、「主権の存する日本国民の総意に基く」ものとされる。天皇は憲法の定める国事行為だけを行い、国政に関する権能はこれを有しない。しかも国事行為にはすべて「内閣の助言と承認」を必要とし、それについての責任は内閣が負う。こうして天皇のもつ権能はまったく儀礼的なものにすぎなくなった。

[池田政章]

戦争の放棄

日本国憲法の諸規定のなかで問題になっているのが、戦争放棄と戦力不保持を定めた第2章第9条である。朝鮮戦争の勃発(ぼっぱつ)を機に警察予備隊が生まれ、やがて自衛隊に成長するに及んで、憲法第9条との関係が問題となった。政府は第9条を、侵略のための戦争を放棄し、侵略戦争のための軍隊を禁止したものと解釈し、自衛のための戦争は禁止されていない、また自衛のための武装である自衛隊は戦力に該当しないとして、自衛隊による再軍備は第9条に違反しない(違憲ではない)と主張している。これに対し、野党のなかにはこれに強く反対し、自衛隊は第9条に違反すると主張するものがある。両者の論争は、再軍備開始以来、今日まで続いているが、現実には自衛隊の強化が進められ、現在では、日本はアジアにおける自由主義陣営の砦(とりで)の一端を担う重要な軍備国となっている。

[池田政章]

国民の権利及び義務

第3章「国民の権利及び義務」(10条~40条)は、基本的人権を中心として、そのほかの国民の権利と義務を定めている。明治憲法の第2章「臣民権利義務」に相当する部分であるが、それに比べ、保障される人権の範囲は大幅に拡大され、その保障の仕方も徹底している。

 基本的人権としては、各種の自由権のほか、参政権、社会権などが定められている。参政権は国民主権の原理から導かれる当然の帰結であり、社会権は憲法の社会国家としての理念を表現するものとして重要である。これらの人権は、最終的には裁判所の法令審査権(違憲立法審査権)によって保障されるよう配慮され、それだけその実効性は高くなっている。

[池田政章]

国会

日本国憲法の国会(第4章41条~64条)は、その地位が、明治憲法の帝国議会と比べてはるかに高い。国会は政治的意味において「国権の最高機関」であり、また「国の唯一の立法機関」として立法権をその手に独占するだけでなく、内閣総理大臣の指名権、内閣の不信任決議権など各種の政治に関する権能を有するとともに、弾劾裁判所を設けることができる。

 国会は両院制(二院制)をとるが、衆議院の優越を認める「跛行(はこう)的両院制」である。両議院とも、公選の議員によって構成されている。

[池田政章]

内閣

明治憲法では、内閣は憲法上の機関ではなく、勅令たる内閣官制によって定められ、行政権は天皇が有し、国務大臣は個別に天皇を輔弼(ほひつ)するにすぎなかった。これに対して、日本国憲法(第5章65条~75条)では、内閣は行政権を有し、天皇はまったくこれに関与しない。内閣の組織において、内閣総理大臣は首長として、他の国務大臣の任免権をもつなど、優越的な地位を有する。内閣総理大臣は国会が指名するが、衆議院の意思が優越するから、事実上衆議院が指名するのと同じで、衆議院で多数を占める政党の党首が内閣総理大臣に指名されることになる。

[池田政章]

裁判所

裁判所の地位・権限は、明治憲法に比べて非常に強くなった。明治憲法下では、司法裁判所の管轄する事件は民事事件と刑事事件であったが、日本国憲法(第6章76条~82条)では、行政事件も含めていっさいの法律上の争訟について裁判する。また司法権の自主独立を確保するために、最高裁判所に規則制定権を与えたほか、司法行政権も裁判所がこれを有する。とりわけ裁判所に法令審査権(違憲立法審査権)を与えたことは重要で、これによって憲法の規定に関する最終解釈権が裁判所(終局的には最高裁判所)に認められることになった。

[池田政章]

財政

明治憲法は「会計」の章を設けて、租税立法、国債、予算、決算などについて規定していたが、財政立憲主義についての例外も多く認められていた。これに対し日本国憲法(第7章83条~91条)では、財政立憲主義をいっそう推し進めて、例外を一掃し、いわゆる国会中心主義を確立した。それは、租税法律主義、および国の債務負担行為、予算は国会の議決によらなければならないことなどに具体化されている。

[池田政章]

地方自治

明治憲法には地方自治に関する規定はなく、地方政治に関する定めはすべて法律にゆだねられていた。しかし日本国憲法は、とくに1章(第8章92条~95条)を設けて地方自治について規定した。つまり地方自治は憲法上の制度として保障されたのである。その制度はなによりもまず「地方自治の本旨」に基づいて定められなくてはならないのであり、とりわけ地方公共団体の長および議会の議員は住民の選挙で選出すること、地方議会は条例制定権を有することなどが定められている。

[池田政章]

憲法改正

憲法改正(第9章96条)は、各議院の総議員(現に在任する議員)の3分の2以上の賛成で国会が発議したうえで、国民投票に付し、その過半数の賛成を必要とする。現在まで改正は行われたことはないが、朝鮮戦争を契機として、再軍備が始まるとともに憲法改正論が生まれ現在に至るまで議論されてきた。

[池田政章]

最高法規

法理論上、憲法は最高の効力を有するとされるが、日本国憲法は1章(第10章97条~99条)を設けて、このことを裏打ちした。そこには、憲法が保障する基本的人権は侵すことのできない永久の権利であること、憲法に反する法律やその他の国の機関の行為は無効であること、天皇および大臣などすべての公務員には憲法を尊重擁護する義務があることが規定されている。

 以上のような日本国憲法の内容を具体化するため、皇室典範、皇室経済法、国籍法、請願法、教育基本法、国会法、公職選挙法、内閣法、国家行政組織法、国家公務員法、裁判所法、検察庁法、財政法、会計法、会計検査院法、地方自治法などの法律が定められており、それらを含めて「実質的意味の憲法」と称せられる。

[池田政章]

『佐藤功著『日本国憲法概説』全訂第三版(1985・学陽書房)』『橋本公旦著『日本国憲法』(1980・有斐閣)』『長谷川正安著『日本の憲法』第二版(岩波新書)』

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デジタル大辞泉「日本国憲法」の解説

にほんこく‐けんぽう〔‐ケンパフ〕【日本国憲法】

日本の現行憲法大日本帝国憲法に代わり、昭和21年(1946)11月3日に公布、昭和22年(1947)5月3日から施行。前文および11章103条からなる。国民主権基本的人権の尊重、平和主義基調として、象徴天皇制、戦争の放棄、三権分立国権の最高機関としての国会地方自治の保障などを規定している。
[補説]日本国憲法前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

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百科事典マイペディア「日本国憲法」の解説

日本国憲法【にほんこくけんぽう】

日本の現行憲法(1946年11月3日公布,1947年5月3日施行)。太平洋戦争で降伏した日本は,ポツダム宣言に沿って大日本帝国憲法を改正する必要があったが,日本の政府側改正案は旧憲法の骨子を残したものであったため,連合国最高司令官マッカーサーはその幕僚に起草させた草案を日本政府に交付した。これに基づき第1次吉田茂内閣の起草した憲法草案が第90帝国議会に提出され,わずかの修正を経て可決された。憲法の根本原理を述べた前文のほか11章,103条からなる。旧憲法の天皇主権を否定して国民主権に立ち,象徴としての天皇を認め,戦争を放棄して戦力を保持せず(戦争の放棄),侵すことのできない永久の権利として基本的人権を保障する。人権規定では自由権のみでなく生存権など社会権も保障。これらの原則を実現するために三権分立を徹底させ,立法権は国会のみに与え,行政権は議院内閣制による内閣に行使させ,司法権の独立を強め,裁判所の違憲立法審査権を規定。また地方自治の強化を定める。憲法改正は,衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し,国民投票に付しその過半数の賛成で成立する。しかし憲法改正原案の提出手続きや国民投票の投票権者・投票方法については規定されていない。第一次安倍晋三内閣は,2007年憲法改正原案の国会提出の要件,投票権者等を定める国民投票法を成立させ同年5月公布した。→憲法改正論
→関連項目解釈改憲学問の自由教育基本法憲法ゴードン児童憲章昭和天皇天皇内閣総理大臣日本吉田茂内閣

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「日本国憲法」の解説

日本国憲法
にほんこくけんぽう

現在の日本の国家形態,統治組織,統治作用を規定している憲法典。前文,11章 103条からなる。1946年11月3日公布,翌 1947年5月3日施行。日本が第2次世界大戦で連合国側に無条件降伏をしたことにより,占領軍総司令部の強力な指示,示唆のもとに,総司令部の憲法草案に依拠してできあがったもので,日本の民主的変革の基本原理を提供した。その特色は (1) 国家形態としては象徴天皇制をとるが,憲法構成原理としては国民主権が徹底されている(1章),(2) 国権の発動としての戦争を放棄し,その手段としての戦力を保持しない(2章),(3) 基本的人権を国民に保障している(3章),(4) 地方自治を保障している(8章),(5) これらを実現する政治制度として,議院内閣制を採用し(4,5章),また違憲立法審査権を裁判所に認め,法の支配を確認している(6章)。(→憲法

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旺文社日本史事典 三訂版「日本国憲法」の解説

日本国憲法
にほんこくけんぽう

1946(昭和21)年11月3日公布,翌'47年5月3日から施行された現行の憲法
1945年ポツダム宣言の受諾に伴い,日本の民主化・非軍事化は方向づけられたが,GHQの指示に基づき,同年10月幣原喜重郎 (しではらきじゆうろう) 首相は,松本烝治 (じようじ) ・金森徳次郎らに命じ,憲法改正に着手した。民間側でも,高野岩三郎・尾崎行雄らが草案を発表した。政府はGHQの助言をうけ,草案を作成し,'46年6月大日本帝国憲法の改正という手続きで第90臨時国会に提出。特に主権在民の項を明確にして可決された。前文と11章103条からなり,国民主権,象徴天皇制,戦争放棄,基本的人権の尊重などを規定した。

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精選版 日本国語大辞典「日本国憲法」の解説

にほんこく‐けんぽう ‥ケンパフ【日本国憲法】

日本における現行の憲法。大日本帝国憲法(明治憲法)に代わり、昭和二一年(一九四六)一一月三日公布され、同二二年五月三日施行された。前文と一一章一〇三条の本文からなる。主権在民、平和主義、基本的人権の尊重を基調とする。日本国の象徴としての天皇の地位、戦力の不保持、自由、平等を旨とする基本的人権の保障につき詳細な規定をおくほか、国権の最高機関としての国会、行政権の主体である内閣、司法権を行なう裁判所の三権分立を明らかにしている。新憲法

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世界大百科事典 第2版「日本国憲法」の解説

にほんこくけんぽう【日本国憲法】

日本の現行憲法。
【成立】
 1945年8月15日,日本は,連合国の発するポツダム宣言を受諾した。同宣言は,日本軍の無条件降伏と完全な解体を定め,日本の領土主権本州,北海道,九州,四国等に限定すると同時に,日本の将来の政治の根本原則も定めていた。民主主義的傾向の復活強化,基本的人権の尊重,平和政治,責任政治,日本国民の自由に表明する意思による政治形態の決定(国民主権)などであった。また,このような原則に基づく新秩序が建設されるまで日本を占領下におく旨も定められていた。

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世界大百科事典内の日本国憲法の言及

【基本的人権】より

…人間の尊厳と個人の尊重を社会の基本的価値とする個人主義の国家観の導入である。日本国憲法(1946公布)が保障する基本的人権は,〈人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって,これらの権利は,過去幾多の試錬に堪へ,現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたもの〉(97条)であり,憲法は,過去における人権抑圧に対する反省から,また諸外国における人権保障の成果に学び,20世紀半ばのもっとも充実した人権のカタログを整備している。 憲法第3章では,〈国民の権利および義務〉と題して,はじめに総則的規定(10~13条)がおかれ,法の下の平等(14条)が続き,参政権(15条),受益権(16,17条),精神活動および経済活動に関する個別的な自由権(18~24,29条),社会権(25~28条),刑事裁判に関する規定(31~40条)があり,ほかに国民の義務を定めた規定(26,27,30条)が含まれている。…

【憲法改正】より

…明治憲法は,改正手続(73条)として,議事・議決の要件を普通の立法手続に比べて加重するとともに,改正の発案権を統治権を総攬(そうらん)する天皇に専属させ,基本的に(1)型を採用していた。これに対して日本国憲法は,改正手続(96条)として,〈各議院の総議員の三分の二以上の賛成〉による国会の発議と,国民投票での過半数の賛成による承認を要するものと定め,(3)型を採用している。改正の方法は,憲法の基本原理と密接な関係をもっていることに注意する必要がある。…

【国民代表】より

…普通選挙制度,代表関係の正確性,公約による選挙,会議の公開,知る権利などの展開・導入は,このことを示している。
[日本の場合]
 日本国憲法がどちらの国民代表概念をとっているかも問題となる。第1の概念につながりやすい43条1項(全国民の代表)や51条(発言・表決の自由の保障)もあるが,15条1項(公務員の選定罷免権),同3項(普通選挙制度),同4項(投票の秘密と無答責),44条(選挙人・議員の資格の平等),57条(会議の公開)などからすれば,第2の概念をとっているというべきであり,関連規定の意味も,この立場から確定されるべきであろう。…

【人権宣言】より

…明治憲法は日本でのはじめての人権宣言ともいうべき臣民の権利を保障する諸規定を含んでいたが,それは人が生れながらに有する権利を確認するというよりも,天皇から恩恵として与えられた外見的人権宣言の名にふさわしいものであった。日本国憲法の成立は,〈言論,宗教および思想の自由並びに基本的人権の尊重〉の確立を要求していたポツダム宣言の受諾に由来しており,この憲法により固有の意味での人権宣言が日本に生まれるのである。すなわち第3章〈国民の権利及び義務〉(10~40条)は自由権,平等権,社会権,受益権および参政権よりなる現代の基本的人権をおもな内容としており,20世紀中葉のもっとも完備した人権宣言の一つに数えられる。…

【天皇】より

…日本国憲法に定める日本国および日本国民統合の象徴。
〔天皇の歴史〕

【前近代の天皇】

[オオキミとスメラミコト]
 〈天皇〉は〈オオキミ〉とも〈スメラミコト〉とも呼ばれた。…

【法制史】より

…占領は,日本の主権を連合国最高司令官の下においたが,占領形態は軍政ではなく間接統治方式をとった。戦後改革は,日本軍国主義の駆逐,戦争犯罪人の処罰と民主主義的傾向の復活強化,再軍備禁止などを主たる内容とするポツダム宣言を基本とし,1945年10月の五大改革の指令(婦人の解放と参政権,労働組合の結成奨励,学校教育の自由主義化,専制政治の廃止,独占禁止と経済機構の民主化)などによって進められ,47年5月3日施行の日本国憲法とそれに基づく諸法令に集大成された。戦後改革は,立法,司法,行政の諸制度の改革をはじめ,財閥解体,農地改革,労働改革,教育改革,家族制度改革など,国家と社会の全面にわたる巨大なものであった。…

【法の支配】より

… 法の支配の精神は,第2次大戦後,ナチスが法実証主義的にはまったく正統なルートを通して政権に就き,圧政を行いえたことに対する反省もあって,英米法系以外の国でも,しばしば口にされるようになった,世界人権宣言(1948)の前文3項が〈法の支配によって人権を保護することが肝要である〉とうたっているのも,法の支配の精神の国際化の一つのあらわれということができよう。 日本国憲法が,違憲立法審査制度を採用し,かつ,明治憲法のもとでとられていた行政裁判所制度を採用せず行政事件も最終的には通常裁判所の判断を受けるべきものとしたことも,立法権・行政権の濫用を防止しようという〈法の支配〉の精神に基づいたものである。このように権力の濫用の防止が通常裁判所に託されることも,英米的な〈法の支配〉の伝統に由来するものであり,この点において,日本国憲法のもとでの司法部の役割は,明治憲法のもとにおけるそれよりもはるかに重要なものになっていることに注意しなければならない。…

※「日本国憲法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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