農業技術(読み)のうぎょうぎじゅつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「農業技術」の意味・わかりやすい解説

農業技術
のうぎょうぎじゅつ

農業作物家畜などの生きた有機体を栽培・飼育することによって人間に有用な生産物を獲得する有機的生産であり、工業の無機的生産に対比せられる。農業技術は、この有機的生産を行うにあたって、作物や家畜などと、それらの自然的生活環境との間の橋渡しの役を担うものであり、したがって、その特質は自然との関連からもたらされる。第一に、土地が重要な役割を果たす。土地は作物や家畜が太陽エネルギーを吸収して生育していくための場=広がり(土地の広延性)を提供し、作物の生育のための栄養養分(土地の理化学的性質)を供給する。いうまでもなく、農業に用いられる土地は自然そのものの土地ではなく、作物や家畜の生育に適した環境をつくるために、人為的に改良が加えられた土地であり、更新を必要としない固定資本財性格を帯びる。第二に、生物学的技術が重要であり、それに伴って化学的技術も重要となる。人間に有用な生産物の収量や品質が、多分にその生物体のもつ先天的形質に制約される関係から、品種改良育苗・栽培などの生物学的技術が重要であり、その補助的手段となる肥料農薬自体に関する、またその利用に関する化学的技術が重要となる。第三に、機械的技術の進歩が困難である。作物は土地に固着しており、多くの機械はそれ自体が小型で移動性のものとならざるをえず、また、作物や家畜がしばしば個体差を有するためにも、機械化は困難とならざるをえない。ただし、これは本質的な特質とはいいがたい。第四に、農作業は同時並列的作業による分業体制の採用が不可能であり、また季節性を伴う。農業生産の過程は、生物の生育過程に従って行われざるをえず、それを分断することも、時間的配列を変更することも不可能であり、したがって、工業のように同時並列的作業による分業体制の採用は困難であり、また季節的繁閑を伴う。第五に、農業生産は不確実性を帯びる。気象条件など人間が制御しえない自然条件の変動の影響を強く受けやすく、したがって、生産物の収量や品質が不安定となり、不確実性を帯びやすい。

 このような農業技術の特質のために、農業生産を担当する主体=農業経営は、多くの場合、小規模な家族経営という企業形態(主体的特質)をとる傾向が強い。これは工業における大規模な企業経営と対比せられる。それは、第一に、農業生産において重要な役割を果たす土地や種子・肥料・農薬(流動資本財)などの生産要素が可分割性(その利用において小規模単位と大規模単位の間において、利用の可能性と効率に大きな相違を生じない)に富み、かつ、土地・労働・資本財の結合比率が伸縮性に富むこと、農作業において同時並列的作業による分業体制の採用が困難であることなどのために、規模の経済性=大規模経営の有利性の程度が微弱であるためである。第二に、農業生産が自然変動に規定されて不安定であり、農業生産、したがって、収益性が不確実性を帯びるために、それに対して強い経営的強靭(きょうじん)性をもつ企業形態(家族経営)が要求されるからである。

 農業技術の進歩も、工業など他の産業の場合と同様に、究極的には労働生産性の向上が目標となるが、農業技術の特質ゆえに土地生産性の向上も重要な目標となると同時に、生産物の収量や品質の安定化もその目標となる。近年、農業技術においても、生物学的・化学的技術の進歩と同時に、機械的技術の進歩もしだいに重要になってきており、これに伴って先に指摘した農業技術の特質も変化すると同時に、農業においても規模の経済性の程度がしだいに強まりつつある。そして、これらの傾向は、今後いっそう強まっていくと考えられる。しかし、工業に比較すればその程度は著しく微弱であり、農業技術の特質を本質的に変化させるものでもなければ、農業の主体的特質を変えるものでもない。

 なお、農業技術の特質は、以上のように農業生産の主体的特質を規定するが、他方、長期的にみると、この主体的特質が技術的特質を規定する側面のあることも見逃してはならない。さらに、農業において重要な役割を果たす土地が希少であり、それが私的所有を伴うために地代を生じ、その地代の存在が農業技術の進歩の性格を規定すると同時に、農業の主体的特質を規定する点にも注目しなければならない。

[稲本志良]

『東畑精一著『日本農業の課題』(1941・岩波書店)』『沢田収二郎著『日本農業技術の経済的性格』(岩片磯雄監修『農業経営学新講』所収・1952・養賢堂)』『大川一司著『農業の経済分析』(1967・大明堂)』『稲本志郎著『農業の技術進歩と家族経営』(1987・大明堂)』

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