日本大百科全書(ニッポニカ) 「農産物価格支持制度」の意味・わかりやすい解説
農産物価格支持制度
のうさんぶつかかくしじせいど
農産物の価格問題は価格変動問題と価格水準問題に大別されるが、両者ともに生産者の立場と消費者の立場で問題認識の基準が異なる。価格変動問題の焦点は、生産者視点では生産者価格の暴落という問題であり、消費者視点では消費者価格の暴騰という問題である。両者は表裏の関係にあり、価格変動系列としては一体のものである。ただし、消費者価格の変動率よりも生産者価格の変動率のほうがはるかに大きいから(固定的な流通マージンが大きなウェイトを占めるため)、生産者価格の変動問題がより深刻になる。生産者価格が変動的であっても、変動を貫く価格の趨勢(すうせい)値が生産者の立場からみて適正な水準にあるならば価格水準問題は生じないが、現実には多くの農産物について価格水準問題が発生している。問題認識の基準は生産費水準との比較である。すなわち、価格水準が生産費水準を趨勢的に下回るとき、価格水準問題が発生しているというのである。
[藤谷築次]
日本の旧来の農産物価格制度
農産物価格支持制度は、狭義には生産者の価格水準問題に対処するための制度であるが、広義には農産物価格安定制度と同義と考えることができる。「価格安定」は政策用語としては「価格変動の抑制」と「価格水準の適正化」の両者を意味する。農産物価格安定制度は市場統制型と市場活用型に大別される。前者は政府(または政府機関)が需給と価格を直接管理する方式で、旧来の制度としては、管理価格制度(米、葉たばこ)がこれに該当する。後者の市場活用型は、さらに市場介入型(市場価格誘導型)と市場不介入型(市場価格事後補正型)に二分される。これも旧来の制度としては、前者には需要調整方式(最低価格保証制度―麦類、砂糖類など)、供給調整方式(抑制価格制度―飼料など)、需給調整方式(安定帯価格制度―食肉、繭・生糸、乳製品など)が、後者には不足払い方式(交付金制度―大豆、菜種、加工原料乳など)と安値補填(ほてん)方式(安定基金制度―野菜、肉用子牛など)が含まれる。
[藤谷築次]
WTO協定受け入れによる変化
前記のような旧来の農産物価格支持制度ないし農産物価格安定制度については、1993年のガット・ウルグアイ・ラウンド交渉の結果、成立したWTO(世界貿易機関)農業協定の受け入れのもとで、協定内容に違反する制度の全面見直しが行われることとなった。WTO協定では、自由な農産物貿易を歪曲(わいきょく)するかどうかで、各国の各種農業政策が「緑の政策」(歪曲しない)と「黄の政策」(歪曲する)、両者の中間に位置する「青の政策」に分類され、「緑の政策」と「青の政策」は容認されるが、「黄の政策」は協定違反となる。その結果、管理価格制度は全面廃止を余儀なくされた。米価支持政策が全面廃止となり、価格支持ではない別途の方策で経営安定政策を志向するようになったのはそのためである。
「青の政策」は、生産調整を前提とする生産者への補助金の直接支払い方式等がこれにあたり、ヨーロッパ連合(EU)が実施しているが、わが国の場合、いまのところ厳密に該当する施策はない。しかし、WTO次期農業交渉に向けての「日本提案」では、「青の政策」が「黄」から「緑」への政策転換の中間点として意味があるとし、その存続を主張している。
[藤谷築次]