日本大百科全書(ニッポニカ) 「農産物流通」の意味・わかりやすい解説
農産物流通
のうさんぶつりゅうつう
それぞれの商品の流通の特質は、流通組織(俗に流通機構とよばれる)の機能的、構造的特質としてとらえられる。それぞれの商品の流通組織のあり方は、「流通の一般条件」と「流通の基礎条件」に規定される。前者は、一国経済のなかであらゆる商品の流通に共通して影響を及ぼす条件であり、それぞれの時代における物流技術条件、人口分布構造(とくに消費財の場合)、流通産業の労働事情などがそれにあたる。後者は、同じ「流通の一般条件」の下にありながら、商品の種類ごとに流通面に固有の特性を生ぜしめる条件であり、(1)当該商品の生産・供給事情、(2)消費・需要事情、(3)商品特性(商品のアイテム構成や物的特性)がそれにあたる。
したがって農産物とひと口にいっても、「流通の基礎条件」は一様ではないから、農産物の種類ごとに流通組織は異なるのである。「流通の基礎条件」の差異に着目して農産物を類型区分すると、まず消費財農産物と加工原料農産物に大別される((2)の視点から)。次に前者は生鮮農産物と非生鮮農産物に二分される((3)の視点から)。農産物流通を考える場合、少なくとも以上の3区分が基本的に重要である。
流通組織の構造を流通構造とよぶが、流通構造の重要な一側面は、流通組織体(問屋、小売商など流通業者の総称)の縦列的(商品の流れに即した)関連様式である流通経路構造である。この流通経路構造は4種に類型区分することができる。第一類型は「収集型流通経路」で、商品の収集過程のみから成り立つ。この類型は「流通の基礎条件」の(1)(2)が小規模多数者生産・大規模少数者需要の場合に形成される。多くの加工原料農産物の流通経路はこの類型に属する。第二類型は「分散型流通経路」で、商品の分散過程のみから成り立つ。この類型は大規模少数者生産・小規模多数者需要の場合に形成される。寡占的企業によって生産される消費財の多くはこの類型に属する。農産物には無縁の類型である。第三類型は「収集・分散型流通経路」で、第一および第二類型の連結型であり、第四類型は「収集・中継・分散型流通経路」である。この第三、第四類型の流通経路が形成されるのは、ともに流通経路の両末端が小規模多数者生産・小規模多数者需要の場合であるが、中継過程を必要としない第三類型と必要とする第四類型の違いは、「流通の基礎条件」の(3)の相違に起因する(後述)。
第四類型の流通経路構造をもつ農産物は、生鮮農産物のうちの野菜、果実、花卉(かき)に代表される。同じ生鮮農産物でも食肉、鶏卵、飲用牛乳などは第三類型の流通経路が主流になっている。
第四類型の流通経路の中継過程の典型は卸売市場である。青果物や花卉の流通量の70~90%は卸売市場を経由しており、そのためこれらの農産物の流通の特質を卸売市場流通とよぶ場合がある。これらの農産物の卸売市場経由率が高いのは、これらの農産物が卸売市場の機能を強く必要としているためである。卸売市場はさまざまな流通機能を果たしているが、とくに重要な機能は「複合的物流中継機能」と「価格発見機能」である。「複合的物流中継機能」は、品揃(しなぞろ)え機能と商品価値取り合わせ機能とを伴った物流単位転換(大口から小口へ)機能であり、品目構成が多様な商品ほど、また各品目ごとに商品価値構成(産地銘柄構成、等階級構成など)が多様な商品ほど、この卸売市場機能を強く必要とする。野菜、果実、花卉はその典型であり、逆に食肉などが第三類型を主流とするのは、品目構成および商品価値構成が比較的単純なためである。
卸売市場のもう一つの重要な機能である「価格発見機能」は、価格形成型価格決定のケースに属する商品に不可欠の流通機能である。商品の価格決定に関しては、価格設定型価格決定と価格形成型価格決定を峻別(しゅんべつ)して認識する必要がある。前者は、なんらかの有力な独占的要素(市場シェアの大きさ、強力な生産物差別化、高い参入障壁など)に支えられ、しかも自ら設定した価格で販売(または購入)可能な量に商品供給量(または需要量)をコントロールすることができる経済主体が存在する場合の価格決定方式である。これに対して後者は、そのような経済主体がまったく存在せず、零細分散的な個別需要の社会的集積である社会的需要と、同じく零細分散的な個別供給量の社会的集積である社会的供給量との二つの経済力の相互関係によって価格が形成され、かつ、つねに変動するケースである。後者のケースには価格形成を媒介助成するための価格発見機能(流通機能の一種)が不可欠である。卸売市場は価格発見の場であり、価格発見機能の専門的担い手がせり人(荷受会社の職員)およびせり参加者(仲卸業者および小売商などの売買参加者)である。食肉のように卸売市場外流通(第三類型)が主流である場合にも、食肉卸売市場のせり価格が建値(たてね)の役割を果たしており、卸売市場の価格発見機能に大きく依存していることに注目する必要がある。
なお、農産物の収集過程の担い手としては農業協同組合(農協)のウェイトが高く、いわゆる農協共販が進展してきた。生鮮農産物の分散過程の担い手は従来は専門小売店のウェイトが高かったが、総合食料品店、とくにセルフサービス方式をとる量販店のウェイトが高まってきており、青果物などの専門小売店の店舗数が絶対的に減少している。
農産物流通合理化の基準は、流通効率化(商品単位当り流通コストの節減)、取引の公正化(単位当り流通利潤の縮減)、価格の安定化ならびに需給の質的適合化に求められる。農産物に関しては、流通合理化を求める見解がしばしば出されるが、一般商品に比較してとくに流通が不合理であるとはいいがたい。一見不合理にみえる農産物流通の背後に、一般商品とはきわめて異質な「流通の基礎条件」が横たわっていることに留意する必要がある。
ただし1990年代ごろより、農産物流通にも大きな変化が現れてきている。とくに注目すべきは次の2点である。第一は、「地産地消(ちさんちしょう)」(地元で生産されたものを地元で消費)を基本とする生産者と消費者との直結取引の増大である。全国各地にファーマーズ・マーケットが出現し、活況を呈していることが多いのはその現れである。第二は、世界的にみても異例の発展を遂げてきた日本の卸売市場流通にかげりが生じてきていることである。大型産地と量販店等とが直結する取引方式が増大しており、第四類型の「収集・中継・分散型流通経路」から第三類型の「収集・分散型流通経路」へと流通経路構造が部分的に転換してきている。それは中継機関である卸売市場の機能を産地と量販店等とでくふうし、担い直す動きの強まりである。そのような動向を促す要因は、流通情勢の変化に卸売市場の法制度・施設構造面と、卸売業界の機能・体制面の対応が立ち遅れてきたためだとみられている。
[藤谷築次]
『藤谷築次編『農産物流通の基本問題』(1969・家の光協会)』▽『藤谷築次著『現代農業の経営と経済』(1998・富民協会)』▽『山本修編『農産物流通の近代化と消費者』(1970・家の光協会)』▽『湯沢誠編『昭和後期農業問題論集12・13 農産物市場論Ⅰ・Ⅱ』(1982、84・農山漁村文化協会)』