コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

辻与次郎 つじ よじろう

美術人名辞典の解説

辻与次郎

安土桃山時代釜師。近江生。名は実久、号は一旦。西村道仁に師事し、京都三条釜座に住んだ。千利休の釜師として著名で、阿弥陀堂釜・雲竜釜・四方釜などを造った。当代第一の釜師として豊臣秀吉より「天下一」の称号を許された。永禄から寛永18年(1588~1641)頃の人。

出典|(株)思文閣美術人名辞典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

辻与次郎【つじよじろう】

安土桃山時代の鋳物師。生没年不詳。幼名は実久,後に一旦と号す。近江(おうみ)国栗太郡高野庄辻村の出身で西村道仁に学び,茶の湯釜・灯籠(とうろう)・鐘・鰐口(わにぐち)などを製作。
→関連項目茶釜

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

辻与次郎 つじ-よじろう

?-? 織豊時代の釜(かま)師。
西村道仁の弟子。千利休の釜師として知られ,阿弥陀堂(あみだどう)釜,雲竜釜,四方(よほう)釜,尻張(しりばり)釜などを製作。羽落ち,焼抜きなどの技法を創案して豊臣秀吉より「天下一」の称号をゆるされた。慶長5年(1600)銘の灯籠(とうろう)がのこる。近江(おうみ)(滋賀県)出身。名は実久。号は一旦。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

辻与次郎

生年:生没年不詳
桃山時代の釜師。近江国(滋賀県)栗多郡辻村の出身で,京都三条釜座に住した。姓は辻,名を実久といい,作品では初期に与二郎,晩年に与次郎と記している。名越昌孝の『鋳家系』によれば,名越善正の次男で慶長8(1603)年,48歳で没したというが誤りで,それ以降の作が現存している。また西村道冶の『釜師之由緒』では同じ三条釜座の西村道仁の弟子としている。千利休の釜師として有名で,当代第一の釜師として豊臣秀吉から天下一の称号を名乗ることを許された。与次郎の釜の多くは利休の好みによって鋳造されたものが多く,阿弥陀堂釜,雲竜釜,四方釜,尻張釜などが著名であるが,室町時代に盛行した芦屋釜,天命釜とは異なった独創的な形,文様,肌合を示している。特に技術的には,鋳上がった釜を再び火中に入れて釜肌をしめる焼抜きという仕上法を創始し,また本来炉に掛けるための釜の羽を鋳造後故意に打落して古作の釜のような古びた味わいをだす羽落を行った。釜には名や年号を記した作品はないが,鰐口,梵鐘,灯籠には在銘作があり,確実なものとして天正18(1590)年銘の滋賀県兵主大社銅鰐口を最古に,慶長5年銘の京都市豊国神社鉄灯籠,同15年銘の秋田県西善寺梵鐘が知られている。また,焼失した京都深草宝塔寺梵鐘は同16年の作で,活躍年代がほぼ知られる。

(原田一敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

つじよじろう【辻与次郎】

桃山時代の釜師。生没年不詳。近江国栗太郡高野庄辻村(現,滋賀県栗東町)に生まれた。幼名実久。後に一旦と号す。西村道仁に釜作を学び,千利休の釜師として活躍した。利休好みの阿弥陀堂釜,雲竜釜,四方釜などを製作し,秀吉から天下一の称号を与えられた。道仁とともに京釜を代表する釜師で,故意に釜の羽を欠いて風情をつける羽落(はおち)や,鋳上がった釜を炭火中で焼き,一皮むいて仕上げる焼抜きの技法は与次郎の創始によるものである。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

つじよじろう【辻与次郎】

安土桃山時代の釜師。近江の人。本名、実久。京都三条釜座に住み、西村道仁に師事。千利休の釜師となり、阿弥陀堂釜・丸釜・尻張釜などを創始。ほかに、灯籠とうろう・梵鐘ぼんしようなども作った。生没年未詳。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

辻与次郎
つじよじろう

桃山時代の鋳金工,釜師。近江の人。名は実久。西村道仁 (どうにん) の弟子。京都三条釜座に住んだ。千利休に愛されて利休好みの阿弥陀堂,雲竜釜,四方釜の3種の茶釜を多く作った。当時の茶の湯釜制作の第一人者で「天下一」と号した。釜には銘文はないが,灯籠,金鼓などには残され,代表作に雲竜文を鋳出した慶長5 (1600) 年銘の鉄灯籠 (重要文化財,京都,豊国神社) がある。秋田市西善寺に同 15年銘の梵鐘があり,これは紀年銘によって辻与次郎の作期がわかる最も時代の新しいものである。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

辻与次郎
つじよじろう

生没年不詳。桃山時代の鋳物(いもの)師。とくに千利休(せんのりきゅう)の釜(かま)師として著名。近江(おうみ)国栗太(くりた)郡辻村(滋賀県栗東(りっとう)市辻)の出身で、名を実久といい、京都三条釜座(かまんざ)の西村道仁(どうにん)に学んだと伝える。利休好みの阿弥陀(あみだ)堂釜、雲竜釜、四方釜、尻張(しりはり)釜などをつくり、豊臣(とよとみ)秀吉から当代第一の釜師として「天下一」の称号を許された。その釜の特色は「焼抜(やきぬき)」といって鋳上がった釜をふたたび火中に入れ、肌を焼き締め味わい深くする手法や、「羽落(はおち)」と称し羽をわざと落として古作のような雅味を表現する、ともに彼の創始と伝える手法を用いたことである。世に与次郎作といわれる釜は多いが在銘作はなく、そのほとんどは偽物である。釜のほかに天正(てんしょう)18年(1590)作の銅鍔口(わにぐち)(滋賀・兵主(ひょうず)大社)、慶長(けいちょう)5年(1600)作の雲竜文鉄灯籠(とうろう)(京都・豊国(ほうこく)神社)、慶長15年(1610)作の銅梵鐘(ぼんしょう)(秋田・西善寺)など、わずかに在銘の作品がある。[原田一敏]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

辻与次郎の関連キーワード安土桃山時代与次郎釜宮崎寒雉

今日のキーワード

俳句甲子園

1998年から松山市で開かれる全国高等学校俳句選手権大会。高校生が5人1組で句の優劣をディベートで競い合う。チームでの勝敗とは別に、個人の最優秀句も選ぶ。今年は過去最多の41都道府県から121校、15...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android