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道八 ドウハチ

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デジタル大辞泉の解説

どうはち〔ダウハチ〕【道八】

清水焼の陶工、高橋氏代々の名。また、道八が作った焼き物。→仁阿弥道八(にんなみどうはち)

出典|小学館
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

道八
どうはち

江戸後期に始まり歴代が高橋道八を名のる京都の陶工で、現在まで7代を数えるが、2代がとくに名高い。[矢部良明]

初代

(1740―1804)伊勢(いせ)(三重県)亀山(かめやま)石川藩の武家の出身で、宝暦(ほうれき)年間(1751~64)に京都に出て陶技を習い、粟田(あわた)に窯を開いて松風亭と号し、おもに当時流行の煎茶(せんちゃ)道具を焼いて名をあげた。[矢部良明]

2代

(1783―1855)初代の二男。仁阿弥(にんなみ)道八として名工の誉れが高い。奥田穎川(えいせん)の門下となって陶技を磨き、青木木米(もくべい)、永楽保全(ほぜん)と並んで幕末京焼の三名工とうたわれた。新旧の技術を広く修得した技巧家で、窯を京都粟田から五条坂に移して古今の東洋陶磁をあまねく焼造したが、なかでも京都伝統の雅陶に力作が多く、代表作「色絵桜楓(おうふう)文鉢」など巧みな造形力と明るく優しい色調に新境地を切り開いた。父の号松風亭を継ぎながら自らは華中亭とも号し、野々村仁清(にんせい)、尾形乾山(けんざん)ほか茶碗(ちゃわん)の写しも多く試みたが、本歌とみまがうような作行きに妙技を発揮し、彫塑像にも秀作がある。1842年(天保13)に家督を3代目に譲って伏見(ふしみ)に隠居後、桃山窯をおこして晩年を送った。「阿弥」の称は醍醐寺(だいごじ)三宝院(さんぼういん)より贈られ、1825年(文政8)には仁和寺宮(にんなじのみや)より法橋(ほっきょう)に叙せられて「仁」の字を賜ったので、以後「法橋仁阿弥」と称した。[矢部良明]
『保田憲司編『陶磁全集 30 仁阿弥他』(1966・平凡社) ▽赤沼多佳編『日本陶磁全集 30 仁阿弥・保全』(1977・中央公論社) ▽保田憲司編『世界陶磁全集 5 仁阿弥の人と芸術』(1956・河出書房)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の道八の言及

【仁阿弥道八】より

…江戸後期の京焼陶工。京の粟田口焼の陶工初代高橋道八(1742‐1804)の次男で,名は光時といい,2代道八を襲名。松風亭,華中亭とも号したが,醍醐三宝院宮から阿弥号を,仁和寺宮から〈仁〉の字と法橋(ほつきよう)位を与えられ,1825年(文政8)以降,法橋仁阿弥を称した。…

※「道八」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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