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遠交近攻 えんこうきんこう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

遠交近攻
えんこうきんこう

中国の戦国時代に范 睢 (はんしょ) の唱えた外交政策で,遠い国と親しく交際を結んでおいて,い国々をめ取ること。かつてのイギリス日英同盟などは強大な帝政ロシアに対抗するための遠交政策であり,イギリスの外交政策には一貫してみられるものであった。

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デジタル大辞泉の解説

えんこう‐きんこう〔ヱンカウ‐〕【遠交近攻】

遠い国と親交を結び、近い国を攻める外交政策。中国の戦国時代に、(ぎ)の范雎(はんしょ)が唱えたもの。

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世界大百科事典 第2版の解説

えんこうきんこう【遠交近攻 yuǎn jiāo jìn gōng】

中国,戦国末のの外交政策。魏の人范雎(はんしよ)が考案し,秦の昭王(在位,前307‐前251)に進言したもの。秦にとって斉のような遠い国とは友好関係を結び,魏など近隣の国からまず攻撃を加え,近隣の国を下して漸次遠国を征服するという,いわば外交・軍事両面併用の策である。当時,秦の東進にともなって列国間では合従(がつしよう)や連衡などの外交策がめまぐるしく展開された(合従連衡)が,秦は遠交近攻策を採用して着実に地歩をかため,統一に向かって大きく前進した。

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大辞林 第三版の解説

えんこうきんこう【遠交近攻】

〔史記 范雎伝
遠い国と親しくして、近くの国々を攻める政策。中国の戦国時代に魏の范雎はんしよの唱えた外交政策で、秦しんがこれを採用した。遠きに交わりて近きを攻む。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

遠交近攻
えんこうきんこう

中国、紀元前270年、戦国時代秦(しん)の昭襄(しょうじょう)王(在位前306~前251)のとき、魏(ぎ)の人范雎(はんしょ)が進言した外交政策。『戦国策』や『史記』によれば、范雎は、隣国を越えて遠方の国を攻める秦の対外政策には効果がなく、逆に遠方の国とよしみを結び、隣国を攻めるべきことを説いた。昭襄王はこれに従い斉(せい)、燕(えん)、楚(そ)への攻撃をやめ、韓(かん)、魏、趙(ちょう)の3国を攻撃した。のち秦は始皇帝の代に同様に韓、魏、趙の3国を討ったあと、楚、燕、斉を滅ぼし天下を統一することになる。[鶴間和幸]

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