遺伝的荷重(読み)いでんてきかじゅう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「遺伝的荷重」の意味・わかりやすい解説

遺伝的荷重
いでんてきかじゅう

生物集団なかで、遺伝子型のレベルでその集団に働く適応度低下の程度をいう。集団のなかの最適な遺伝子型の適応度に対して、集団の平均適応度が低下している割合で表される。原因によって種々の荷重に分けられるが、おもなものに次のような荷重がある。

(1)突然変異による荷重 有害な遺伝子が、繰り返しおこる突然変異によって集団のなかに保たれ、集団の平均適応度を低下させる。この大きさは突然変異率によって決まり、遺伝子の有害作用の程度には関係しないことが理論的に知られている。

(2)置換による荷重 環境の変化により、それまで適応的に不利であった遺伝子が有利になり、それがしだいに集団のなかに増えて完全に置き換わってしまうまでの間、それ以外の不利な遺伝子が存在するために生ずる荷重である。

(3)分離による荷重 ヘテロ接合体異型接合体)が、いずれのホモ接合体同型接合体)より適応度が高い超顕性現象を示すとき、それからの分離によって不利なホモ接合体が生ずるため集団平均適応度の低下がおこることによる荷重である。

[井山審也]

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改訂新版 世界大百科事典 「遺伝的荷重」の意味・わかりやすい解説

遺伝的荷重 (いでんてきかじゅう)
genetic load

致死遺伝子不妊遺伝子のような有害な遺伝子の存在は生物集団にとっては負荷となる。致死や不妊でなくとも淘汰に有利でない遺伝子や遺伝子型の存在も,淘汰に最も有利な遺伝子型だけが存在するという最適な状態と比べるとやはり負荷であり,この集団が保有している負荷の量(適応度の減少量)を遺伝的荷重という。

 集団中にこのような負荷となる遺伝子や遺伝子型が存在するのはそれなりの理由がある。第1に毎代突然変異が生じるため一定量の有害遺伝子が存在することである。ショウジョウバエの自然集団中に含まれている致死や不妊遺伝子,トウモロコシなど他家受精植物集団に含まれている葉緑素欠乏遺伝子などはこの例である。この場合の荷重を突然変異による荷重といい,その量は生じる突然変異の有害さの程度には依存せず,突然変異率の2倍である。これをホールデン=マラーの原理Haldane-Muller principleという。放射線やその他の突然変異原によって人類集団の遺伝的荷重が増加することをH.J.マラーは警告した。

 第2に,進化の過程では今まで集団の大部分を占めていた遺伝子が新たに有利になった遺伝子によって置き換えられるが,この置換は1代でなく長い世代かかって成し遂げられる。その置換の過程ではこれまで有利であった,つまりもはや不利になった遺伝子が存在する限り,淘汰にとって不利な遺伝子型が生じ荷重となる。これを進化による(または置換に伴う)荷重という。

 遺伝的荷重はまたヘテロ接合体の個体がホモ接合体の個体に比べて淘汰に有利な場合にも生じる。なぜならヘテロ接合体の個体は次代に淘汰に不利なホモ接合体の個体を必ず分離するからである。これを分離による遺伝的荷重という。ウスグロショウジョウバエの逆位染色体にその例がみられる。集団中に遺伝的変異が存在することは遺伝的荷重に結びつく。1960年代後半,ショウジョウバエ,ヒトで遺伝的に多型なアイソザイム変異が大量に見つけられ,遺伝的荷重が大きすぎるというパラドックスを生んだが,それは木村資生やキングJ.L.KingとジュークスT.H.Jukesらの進化の中立説へと発展的に解消された。
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