日本大百科全書(ニッポニカ) 「配位説」の意味・わかりやすい解説
配位説
はいいせつ
coordination theory
高次化合物の構造、結合状態を説明するために、スイスのA・ウェルナーが唱えた考え方をいう。配位結合や配位化合物についての本質は、現在解明されているが、古くは、いわゆる錯塩をはじめとして種々の高次化合物についての意義がわからず、多くの疑問のなかにあった。これを整理し、現在の無機立体化学の基礎となる考え方をつくりあげたのがウェルナーである。
[中原勝儼]
配位式
彼は1893年高次化合物の構造、結合状態について次のような考え方を提唱した。たとえば、いわゆる一次化合物の分子中では、原子と原子との間の結合は、通常の原子価結合によって結合しているが、さらに高次化合物をつくるのには、それらの分子間に働く結合力があるとした。そのときの一次化合物のなかでの結合を主原子価、一次化合物どうしにさらに働く結合を側原子価とよび、前者を実線、後者を点線で表すと、当時わかりにくかったコバルトや白金などの錯塩の構造が理解されることになり、次のように表されていたルテオ塩(黄褐色の塩の意)CoCl3・6NH3、プルプレオ塩(赤紫色塩)CoCl3・5NH3、ロゼオ塩(バラ色塩)CoCl3・5NH3・H2O、ビオレオ塩(紫色塩)CoCl3・4NH3などは のようになる。さらに、これらの塩の冷水溶液に硝酸銀を加えたときに沈殿する塩素の数、すなわちイオン化できる塩素の数は、(1)および(3)では3、(2)では2、(4)では1とわかっているので、イオン化するClを区別して書くと(配位子を中心金属の周辺に配列)、図のように(1)は①、(2)は②、(3)は③、(4)は④となり、元の成分とまったく異なった複雑な陽イオン、すなわち錯イオンと、イオン化する塩化物イオンからなる式が得られる。
このような構造式を配位式coordination formulaというが、ウェルナーは配位式中のコバルト原子などを中心原子とよび、これを取り巻くNH3やH2O,Cl-など、単原子イオンあるいは原子団、すなわち配位子が、中心原子を中心としてできるだけ対称的な位置を占めるものと考え、これを「配位する」(coordinate)といった。このような配位という概念に基づいて、各種の錯塩を調べると、中心原子を取り巻く配位子の数(配位数)は、多くの場合6または4であることがわかった。そこで配位数6の場合、配位子は中心原子に対してどのような位置を占めるかを考え、各種の対称的図形を検討し、異性体のでき方からその形を決定した。すなわち、中心原子を三次元直交座標の原点に置くとき、六つの配位子は三つの座標軸上の正および負方向への等距離の点、つまり原点を中心とする正八面体の六つの頂点に位置すると結論した。配位数4のときは、同じく正四面体の四つの頂点に位置するときと、正方形の四頂点にある場合との二つがある。その他の配位数の場合にもそれぞれの空間配置が考えられている。
以上がウェルナーの配位説の大要で、それまでまったく不明であった無機化合物の立体構造の解明の端緒となったものということができる。しかし発表された当時は多くの反対論もあり、かならずしも最初から受け入れられたわけではない。ウェルナーはそれらの反論を一つずつ実験的証明によって打ち破り、とくに八面体型空間配置から予想される光学異性の実在の証明を行い、配位説の正しいことを確固たるものとした。彼はこの功績により1913年ノーベル化学賞を受賞している。またこのような空間配置の正しいことは、その後X線、電子線、中性子線などを用いる構造解析によって直接確かめられており、配位説ということばはすでに古典的なものとなっており、現在では配位理論といっている。なお、先の例にあげた主原子価、側原子価の概念は、結合論の進歩に伴い、なんら区別する必要もなく、現代的な共有結合の概念に置き換えられてはいるが、空間的な方向性をもって配位するという配位説の根本的な考え方は、そのまま現在も通用している。
[中原勝儼]