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野口雨情 のぐち うじょう

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美術人名辞典の解説

野口雨情

詩人。茨城県生。名は英吉。坪内逍遥に学んで新体詩の創作に志し、のち小川未明相馬御風三木露風らと早稲田詩社を創る。詩集の他に童謡集・民謡集を出版し、人間的な暖かさの流れた作品の数々は人々に広く親しまれている。著書多数。昭和21年(1946)歿、67才。

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デジタル大辞泉の解説

のぐち‐うじょう〔‐ウジヤウ〕【野口雨情】

[1882~1945]詩人。茨城の生まれ。本名、英吉。大正中期、全国に歌謡行脚し、民謡・童謡の普及に尽力。詩集「都会と田園」「沙上の夢」、童謡集「十五夜お月さん」、民謡集「波浮(はぶ)の港」など。

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百科事典マイペディアの解説

野口雨情【のぐちうじょう】

詩人。本名英吉。茨城県生れ。東京専門学校中退。大正中期の民謡・童謡興隆の機運の中で,職を転々と変えながら,素朴な田園的情趣を主体とした作品を多く発表。北原白秋西条八十の都会的風趣と対照された。
→関連項目中山晋平

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

野口雨情 のぐち-うじょう

1882-1945 明治-昭和時代前期の詩人。
明治15年5月29日生まれ。「金の船」(のち「金の星」)に童謡を発表し,北原白秋らとともに童謡運動を推進。また地方色ゆたかな民謡も数おおく創作。作曲家中山晋平(しんぺい)とのコンビによる作品はひろく愛唱された。昭和20年1月27日死去。64歳。茨城県出身。東京専門学校(現早大)中退。本名は英吉。作品に「船頭小唄」「波浮(はぶ)の港」「七つの子」,童謡集に「十五夜お月さん」など。
【格言など】死んでゆくのに羽織はいらない(辞世)

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朝日日本歴史人物事典の解説

野口雨情

没年:昭和20.1.27(1945)
生年:明治15.5.29(1882)
近代の民謡,童謡詩人。本名英吉。茨城県生まれ。東京専門学校(早大)中退後,明治38(1905)年に創作民謡集『枯草』を刊行。以後,北海道,茨城,東京と移りつつ詩作を続ける。大正8(1919)年童謡運動をはじめ,翌年には児童雑誌『金の船』(のち『金の星』)に毎月発表しはじめる。10年には童謡集『十五夜お月さん』を刊行。その後も民謡や童謡の創作,理論的指導などを精力的に行った。「船頭小唄」が演歌師に歌われ,知られるようになり,さらに同名映画の主題歌となり12年には一躍全国に流行,昭和3(1928)年には「波浮の港」,翌年には「紅屋の娘」のレコードヒットするなど,新しいメディアにのって大衆に親しまれる歌を生んだ。「七つの子」「シャボン玉」「青い眼の人形」などのように,いわゆる純真な童心をうたいあげた作品を作り,典型的な童謡イメージを確立したこともみのがせない。<著作>『定本野口雨情』全8巻

(佐藤宗子)

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世界大百科事典 第2版の解説

のぐちうじょう【野口雨情】

1882‐1945(明治15‐昭和20)
詩人。茨城県生れ。本名英吉。東京専門学校(現,早大)英文科中退。1905年,田園詩集《枯草》を刊行,日本最初の創作民謡集であった。以後多くの職業を転々とし,北海道の《小樽日報》勤務中,同僚の石川啄木と主筆排斥運動を起こし,首になったこともある。大正中期,時代的な民謡・童謡の流行とともに創作を再開,民謡集《都会と田園》(1919),《別後》(1921)などを刊行,また児童雑誌《金の船》の童謡欄を担当し,童謡集《十五夜お月さん》(1921)を刊行,地方色を生かした素朴な野趣の中にしみじみとした哀愁をただよわせ,北原白秋西条八十らの都会的で華やかな作風ときわだった対照を示した。

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大辞林 第三版の解説

のぐちうじょう【野口雨情】

1882~1945) 詩人。茨城県生まれ。本名、英吉。東京専門学校中退。創作民謡「船頭小唄」「波浮の港」、童謡「七つの子」「青い目の人形」など素朴で哀感の漂う詩風で活躍した。詩集「都会と田園」、童謡集「十五夜お月さん」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

野口雨情
のぐちうじょう

[生]1882.5.29. 茨城,磯原
[没]1945.1.27. 栃木
詩人。本名,英吉。 1902年東京専門学校中退。 1907年早稲田詩社を人見東明らと結成,詩作を諸誌に発表した。 1919年児童文芸誌『金の星』編集者となった頃から,民謡,童謡の作者として知られるようになり,詩集『都会と田園』 (1919) ,童謡集『十五夜お月さん』 (1921) などを刊行。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

野口雨情
のぐちうじょう
(1882―1945)

詩人。本名英吉。茨城県磯原(いそはら)に生まれる。東京専門学校(現早稲田(わせだ)大学)中退。1905年(明治38)刊の『枯草(かれくさ)』は日本で初めての創作民謡集。『船頭小唄(せんどうこうた)』『波浮(はぶ)の港』をはじめ地方民謡も数多くつくり、主として作曲の中山晋平(なかやましんぺい)と組み、大正末から昭和初頭にかけて民謡詩人として人気の中心にあった。1920年(大正9)上京、児童雑誌『金の船』『金の星』を中心に童謡をつくり、本居長世(もとおりながよ)・中山晋平の曲で、北原白秋(きたはらはくしゅう)、西条八十(さいじょうやそ)と並んで童謡運動の主柱をなした。昭和20年1月27日、疎開先の宇都宮郊外羽黒山麓(はぐろさんろく)で死去。民謡集『別後(べつご)』(1921)、『雨情民謡百篇(うじょうみんようひゃっぺん)』(1924)、童謡集『十五夜お月さん』(1921)、『青い眼(め)の人形』(1924)など。北茨城市に野口雨情記念館がある。[藤田圭雄]
『『野口雨情詩集』(1976・弥生書房) ▽『野口雨情童謡集』(1976・弥生書房) ▽『定本 野口雨情』全8巻(1985~87・未来社) ▽斎藤佐次郎他著『みんなで書いた野口雨情伝』(1973・金の星社)』

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世界大百科事典内の野口雨情の言及

【児童文学】より

…代表的な作家には,秋田雨雀,芥川竜之介,有島武郎,宇野浩二,佐藤春夫,豊島与志雄たちがいる。 大正期には児童中心主義の児童観に応ずる童心文学の主張が支配的で,それが典型的に現れたのは北原白秋,西条八十,野口雨情に代表される童謡においてであるが,この近代的詩形が日本の伝承童謡の復興を詩の精神としたことは注目すべきである。童話の分野では,西欧の民話が多く再話の対象になった。…

【童謡】より

…また昭和に入ると外国資本の導入によって生産形態を整えたレコード会社が童謡の量産体制に入り,童謡が歌謡曲と並んで商品化された。歌謡曲の世界でも大活躍していた野口雨情作詞,中山晋平作曲のコンビによる《あの町この町》《雨降りお月》や,河村光陽(1897‐1946)作曲の《ひなまつり》など今もよく歌われる歌が輩出した。しかし,子どもの流行歌としての〈レコード童謡〉の量産がその質の低下をもたらし,戦後再び子どもの歌の運動が起きた。…

【民謡】より

…1914年,文部省文芸委員会が全国道府県から集めた郷土の歌を《俚謡集》と名づけて刊行したのもその意味で,レコードもその種の歌を俚謡と銘打って売り出すことが多かった。しかし大正年間(1912‐26)からはしだいに民謡の語が普及し,宮城県出身の後藤桃水(とうすい)らが1922年に大日本民謡研究会を組織したり,北原白秋,野口雨情,中山晋平,藤井清水(きよみ)(1889‐1944)らの詩人・音楽家が新民謡運動を興したりして,いつしか民謡は従来の俚謡・俗謡以外にも,芸人の手で洗練された地方歌,俚謡の形式と気分を生かした創作歌謡までを含む広い概念のものになった。
[民謡の種類]
 日本民俗学の祖柳田国男は,民謡を〈平民のみずから作り,みずから歌っている歌〉(《民謡の今と昔》),〈作者のない歌,捜しても作者のわかるはずのない歌〉(《民謡覚書》)などと規定し,そうした歌謡の歌われる場と目的の面から民謡の種類を次のように分類した。…

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