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金毘羅信仰 こんぴらしんこう

世界大百科事典 第2版の解説

こんぴらしんこう【金毘羅信仰】

仏教の神に由来する金毘羅神の信仰。一般には,讃岐の金毘羅大権現(香川県琴平町の金刀比羅宮(ことひらぐう))を崇敬する信仰になっている。金毘羅大権現は,金光院松尾寺(真言宗)の伽藍守護の神としてまつられた地主神で,社僧と社職が奉仕したが,1868年の神仏分離で改称した。現在の祭神は,神道説に金毘羅神の垂迹とする大物主命である。古来,頭屋制による古風な祭祀を受けるふもとの村落の鎮守神であるが,江戸初期以後,社寺参りの流行にともない,代参講ができ,小祠が勧請され,全国の信仰を集めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金毘羅信仰
こんぴらしんこう

金刀比羅宮(ことひらぐう)(香川県琴平(ことひら)町鎮座)を中心とする海上安全の信仰。金毘羅とは、インドのガンジス川にすむ鰐(わに)を神格化した仏教守護神の一つで、その宮はインド象頭山(ぞうずさん)にあった。それが、金刀比羅宮境内にあった松尾寺本尊釈迦如来(しゃかにょらい)の守護神とされていたことにより神仏習合して、金刀比羅宮は象頭山金毘羅大権現(だいごんげん)と称し、海神、水神として、海上安全、海難救助、また雨乞(あまご)い祈願をされるようになった。室町初期以降、瀬戸内の海上交通の発達、また塩飽(しわく)水軍などの活躍とともに、その信仰は広く航海、漁労関係者の間に広がり、江戸時代に入ってからは、廻船(かいせん)の発達で、全国に金毘羅権現が勧請(かんじょう)され、金毘羅講を組織しての金毘羅詣(もう)でが全盛を極めるに至った。琴平山を望む丸亀(まるがめ)、多度津(たどつ)沖を航行の船が賽銭(さいせん)などを樽(たる)に入れて流す「流し樽」を、発見した近隣の船が金刀比羅宮に届ける風は現在も行われている。[鎌田純一]

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世界大百科事典内の金毘羅信仰の言及

【讃岐国】より

…西廻海運の発達によって中世に水軍として活躍した塩飽では廻船業が発展し,幕府の城米輸送船として大いに栄えたが,近世後期には衰えた。この塩飽船衆たちによって海の守護神また現世利益神としての金毘羅(こんぴら)信仰が各地へ広められた。1648年(慶安1)に江戸幕府の朱印地(330石)となった金毘羅(現,琴平町)は18世紀初めころには門前町としての姿を整え,以後庶民による信仰の高まりの中で発展していった。…

※「金毘羅信仰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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