船舶が海難に遭遇すると、人命および財産に著しい損失を生ずることがある。ことに船舶の巨大化、貨物の多様化および船舶交通の輻輳(ふくそう)化が、海難の危険とその凄絶(せいぜつ)さを増大させている。
[新谷文雄]
遭難船舶の救助には、捜索(通報、探知、急行)および救助作業が含まれ、広い海洋でこれらを効果的に実施するためには、設備および技術の充実はもとより国際協力が不可欠であり、これを遂行するために各種の条約が締結されている。
1968年の「公海に関する条約」(昭和43年条約第10号)第12条は次のように定めている。
〔1〕いずれかの国の旗を掲げて航行する船舶の船長に対し、船舶、乗組員または旅客に重大な危険を及ぼさない限度において、次の措置をとることを要求するものとする。
(1)海上において生命の危険にさらされている者を発見したときは、その者に援助を与えること。
(2)援助を必要とする旨の通報を受けたときは、当該船長に合理的に期待される限度において可能な最高速力で遭難者の救助に赴くこと。
(3)衝突したときは、相手の船舶ならびにその乗組員および旅客に援助を与え、また可能なときは、事故の船舶の名称、船籍港および寄港しようとするもっとも近い港を相手船に知らせること。
〔2〕いずれの沿岸国も、海上における安全に関する適切かつ実効的な捜索および救助の機関の設備および維持を促進し、また状況により必要とされるときは、このため、相互間の地域的取極めにより隣接国と協力するものとする。
1974年の「海上における人命の安全のための国際条約」第5章(航行の安全)第10規則(遭難通報)は、「海上にある船舶の船長は、発信源のいかんを問わず、船舶若(も)しくはいかだが遭難しているときの信号を受けた場合には、全速力で遭難者の救助に赴かなければならず、可能なときは、その旨を遭難者に通報する。救助に赴くことが不可能な場合又は特殊な事情により不合理若しくは不必要であると認める場合には、船長は、遭難者の救助に赴かなかった理由を航海日誌に記録する」と定め、第15規則(捜索及び救助)は以下のように定めている。
(1)締約政府は、沿岸の監視のためおよび沿岸水域における遭難者の救助のため必要な措置がとられることを確保することを約束する。これらの措置は、海上交通の密度および航行上の危険を考慮したうえで実行可能かつ必要と認められる海上安全施設の設置、運営および維持を含むものとする。また可能な限り遭難者の位置の探知および救助のために十分な手段を提供するものでなければならない。
(2)締約政府は、現在の救助施設およびその変更の計画に関する情報を利用に供することを約束する。
救命施設、海上救助隊ならびに救助業務に従事する航空機が遭難船舶等と交信したり船舶を誘導するときには救命信号を利用するが、同信号は、国際海事機関(IMO)が定めた手引書および国際信号書International Code of Signalsに示されている。
1979年(昭和54)の「海上における捜索及び救助に関する国際条約」(SAR条約)は、
(1)海上における遭難者を援助し、沿岸国による沿岸の監視および捜索救助業務のために適切かつ効果的な制度を確立し、
(2)海上における遭難者の救助のための海上交通の要請に応じた国際的な海上捜索救助計画を確立、発展および促進し、
(3)全世界の捜索救助組織の間および海上における捜索救助活動に参加するこれらの組織間の協力を促進する、
という目的で制定され、同付属書で、救助隊を含む救助業務の実施および調整、参加国間の協力、捜索区域および救助活動の調整、捜索救助に有用な船位通報制度の確立などについて定めている。
また、1990年には「油による汚染に係わる準備、対応及び協力に関する国際条約」(OPRC条約)が締結されたが、これに伴ってわが国では、海洋汚染防止法の一部を改正し、排出油防除計画の見直しなどにより、迅速な防除措置が可能なように、官民合同の調査・防除機関として、「排出油の防除に関する協議会」等の防災組織が、全国に110余り設置されている。
[新谷文雄]
わが国では、船員法(昭和22年法律第100号)が船長に、(1)自船に急迫した危険があるときは、人命ならびに船舶および積荷の救助に必要な手段を尽くし、(2)ほかの船舶または航空機の遭難を知ったとき、自船の事情および他の船舶が救助に急行して援助の必要がないことを遭難船舶と確認した場合を除き、必要な手段を尽くすことを命じている。
港則法(昭和23年法律第115号)および海上交通安全法(昭和47年法律第95号)は、遭難船舶に対し、移動または標識の設定その他の船舶交通の危険を予防する措置をとり、海難の概要およびとった措置を海上保安機関に通報することを定めている。
また、とくに救護に関しては、水難救護法(明治32年法律95号)が、(1)遭難船舶を認知したときは、市町村長は現場に急行して救護に必要な処分をし、(2)警察官吏は市町村長を助けて救護の事務に当たり、市町村長が現場に不在なときは、その職務を代行することを定めている。
[新谷文雄]
海上保安庁は、その所掌事務に「海難の際の人命、積荷及び船舶の救助並びに天災事変その他の救済を必要とする場合における援助に関すること」と定め、海上における遭難者の海難救助を迅速かつ効果的に行うため、1979年のSAR条約に基づく世界的な協力体制のもと、海上における遭難者の救助活動に当たっている。
[新谷文雄]
海上における遭難・安全通信システムとして、船舶が世界のいずれの海域で遭難した場合でも、捜索救助機関や付近航行船舶に対して迅速かつ確実に救助要請が可能となるGMDSS(海上における遭難および安全に関する世界的な制度)体制が1992年(平成4)に導入された。
GMDSSが1999年2月1日から完全に実施されたのに伴い、海上保安庁は、遭難警報等を受信した場合に、遭難位置を確認するほか、ID(遭難信号に含まれる識別信号)を検索して、遭難船舶の船名、所有者、連絡手段等の詳細な情報を収集し、巡視船艇または航空機などを出動させて捜索救助活動に当たらせる態勢を整えている。また無線電話等により、遭難船舶に対して安全を確認するほか、付近航行中の船舶等に対して救助要請を行うなど、迅速・的確な海難救助活動に努めている。また必要に応じて、自衛隊の艦艇および航空機ならびに米軍に捜索救助に関する援助を要請し、海難が外国で発生した場合は、外務省を通じて当該国に援助を依頼するなどの措置を講じている。さらに、海難救助を迅速かつ的確に行うために、全国22か所の陸上通信所や行動中の巡視船艇などによりGMDSSに対応した遭難周波数を24時間体制で聴取し、遭難警報に即応する態勢を整えている。
衛星を利用した情報収集態勢としては、船舶や航空機に搭載された衛星EPIRB(イパーブ)(遭難時の極軌道衛星利用非常用位置指示無線標識装置)から発信される遭難警報をコスパス衛星・サーサット衛星を中継して受信するための地上受信局と、地上受信局からの遭難警報を適切な救助調整本部へ配信するための業務管理センター(MCC)の運用を24時間体制で行っている。
平成11年度末、海上保安庁に所属する船艇は519隻(15万3578総トン)で、このうち警備救難用船は巡視船123隻(大型巡視船52隻、うちヘリコプター2機搭載巡視船3隻、同1機搭載巡視船9隻、1000トン巡視船35隻等を含む)、巡視艇234隻および特殊救難艇83隻の合計440隻である。また航空機は、飛行機29機およびヘリコプター44機の計73機で、全国14の航空基地および9の海上保安部に配属されている。
[新谷文雄]
日本沿岸海域は、船舶の航行、プレジャーボートおよび漁船の活動ならびに工事作業が活発に行われているために海難も多く、著しく長い海岸線(約3万2170キロメートル)に巡視船艇および航空機を十分に配備することができないので、付近航行船や沿岸住民などの応急的救助が必要である。このため、民間のボランティア団体として日本水難救済会があり、沿岸各地に599の救難所と412の救難支所が設けられ(2000年10月現在)、救助員を置き、小型救助船などを保有し、漁業協同組合およびマリーナなどと「地区海難救助連絡協議会」を組織して活動している。
また海上保安庁等の行政機関および関係団体の協力の下に、洋上救助体制の事業主体として「洋上救急センター」(1か所)および「洋上救急センター地方支部」(10か所)が全国各地に設置されている。この事業を支援するための「洋上救急支援協議会」(13か所)も海事関係者、医療関係者などにより構成されており、官民一体となった洋上救急体制が整備されている。そのほか、ボートセーリング安全対策協議会、スキューバダイビング安全対策協議会および海洋レジャー安全・振興協会などが海難救助に協力している。
[新谷文雄]
平成11年度の要救助船舶数は1920隻(63万5084トン)で、その内訳は、漁船694隻(36.1%)、プレジャーボートなど806隻(42.0%)、貨物船169隻(8.8%)、タンカー35隻(1.8%)、旅客船32隻(1.7%)、そのほかの船舶184隻(9.6%)となっている。またこれに伴う遭難者は7840人で、このうち死者および行方不明者が157人である。これらの海難のうち、91.4%が距岸12海里未満(沿岸より12海里未満の海域)で発生してる。
[新谷文雄]
船長および航海士は、非常措置として最小限、以下のことがらに関する知識をもつことが、国際的に要請されている。(1)船舶の乗揚げをする際の注意事項、(2)乗揚げの前後にとるべき措置、(3)乗り揚げた船舶を、援助を受けまたは自力で浮揚させること、(4)衝突した際にとるべき措置、(5)浸水箇所を応急的にふさぐこと、(6)非常の際に旅客および乗組員の保護ならびに安全のためにとるべき措置、(7)火災または爆発の際に船舶の損傷をできるかぎり少なくし、また船舶の救助をすること、(8)船体放棄、(9)非常の際の操船法、仮舵装置の取り付けおよび使用方法、ならびに可能な場合に仮舵を取り付ける方法、(10)遭難船舶または難破物からの人命救助、(11)海中に転落した者の救助、などである。「乗揚げ」とは、陸岸または海底に船底が接触し、船舶が移動できない状態、座礁および座州などを含む概念である。
海難が発生したとき船長は、(1)遭難の日時、場所、原因および経過、現場の気象および海象、(2)乗組員の安否および損害の状況、(3)とりつつある応急処置および救助船の要否、(4)衝突の場合、相手船の船名、損傷状況および動静、(5)座礁または座州の場合、速力、潮流および潮高ならびに位置、付近の底質および海底の状況、(6)遭難前のバラストタンク(底荷として清水または海水を貯めるタンク)および燃料タンク等の積載量と現在量、(7)主機および補機の使用の可否、(8)火災の場合は、出火場所、積荷の状況、消火措置および鎮火の見込み、などを船主に報告し、また海上保安機関にも通報する(船主が代行することがある)。通常、船主は、遭難船舶からの報告をもとに、海上保安庁、保険会社および荷主等と協議して、救助船の派遣および救助後の修繕地等を検討して救助対策をたて、救助業者の選定を行う。海難救助について契約をもってした場合は、海商法上の海難救助ではなく、その性質は請負契約である。救助業者が決定したときは、船長は救助作業が円滑に進むよう業者と協議し、(1)救助契約書、航海日誌、(2)救助作業の方法、使用船舶および機材などの記録、(3)救助者が船体、機関および積荷に損害を与えたときはその証明書、(4)供給または受領した燃料、水などの証明書、(5)発受信文の写しおよび救助者に手交した書類、などを準備保管するとともに、できるだけ救助作業中の詳細な記録をとる。救助費の支払いについては、通常、不成功無報酬の原則(no cure, no pay)ならびに救助された船体および積荷の価格を上限とする原則がある。
[新谷文雄]
サルベージ会社の行うおもな業務は、沈没船の引き揚げ、座礁(岩礁やサンゴ礁に擱座(かくざ))または座州(ざす)(泥土、粘土、砂、小砂利などに擱座)した船舶の引き下ろし、消火、油の防除、曳航(えいこう)および解体などである。これらの業務を遂行するには、専門の技術者、救助船、工作船および機材などを保有する組織が必要である。救助方法は、海難の態様、船舶の種類、地理的条件(水深、底質など)および自然的条件(風、波浪など)により千差万別であるが、遭難船の固定、防水または防気工事、浮揚、放水、化学薬剤の散布およびオイルフェンスの展帳などである。応急救難の場合は、拙速な手段を用いて迅速に浮上させ、船舶を安全な所に引き入れる必要がある。
〔1〕船固め 主として座礁船または座州船に対する処置である。これらの船舶は風浪のため船体が動揺して船首方向や傾斜が変化し、波浪が強いとさらに浅い所へ打ち上げられて損傷状態が悪化し、ついに離礁(州)が困難となる。海岸線に直角に座州しても風浪のため船体が海岸線に平行になり、船首と船尾部分の下の砂などがえぐられて船体中央部が持ち上げられ、船体は傾斜しまたは折損することがある。これらのことを防止するために船体を安定させるのが船固めである。船固めのため錨(いかり)やワイヤを投入するときは、波浪の方向、船体に当たる角度と強さなどを検討して、投入する方向と船体に係止する場所を決め、なるべく遠くへ投入して均等に張り合わせる必要がある。これらの錨やワイヤは浮揚後の船舶の巻き出しまたは操船に使用され、それらの数は、船舶の大きさ、底質および波浪の強さなどにより決められる。巻き出しのときには、錨とワイヤを用いた一点錨(びょう)に、約30トンの力をかけることができ、引き船などによる引き下ろしに比べて格段の威力がある。
〔2〕防水および防気 船体の破孔や倉口などの甲板の開口部を水密にする防水、または気密にする防気は、本質的に差異はなく、排水にポンプを使用するか圧縮空気で押し出すかの違いで、後者を防気とよんで区別している。防水と防気の各工事は、圧力を受ける側から施行し、排水の場合は防水板の膨張と浮流物の吸い込みにより、時間がたつにつれて浸水量が減少するが、防気の場合は時間がたつにつれて漏気し浸水量が増す。防水の場合、(1)破孔の幅が5ミリメートル程度ならば、電気溶接またはエポキシ樹脂接着剤、びんつけまたはセメント塗付で処理できる。(2)応急措置として、潜水工が棒の先端や手で毛布やふとんなどを破孔付近に押し込み、水圧で吸い込ませる(吸込み防水)。(3)破孔部は凹凸があるので、なるべく平らで強度が残存している部分に、スギ、マツなどの防水板の下に、船体の外板の凹凸にあわせて下駄(げた)材をつけ、引っ掛けボルトで外板に締め付ける。引っ掛けボルトの取り付けには破孔部を利用するか、電気切断機やニューマティック(空気)ドリルで船体に穴をあけて取り付ける。(4)鉄板防水を行うときは、ビーム・シャックル(D字形環を形成する連結金具)を外板に取り付け、鉄板が外板になじむまで締め付けて、肌付きをよくして溶接する。水中の切断や電気溶接は、陸上の場合と変わらないくらい進歩し、救助作業に貢献している。防気の場合は、破孔をそのままにして浸水区画(たとえば貨物倉、二重底など)全体を気密にして圧縮空気を送り込み、区画内の浸水を押し出す。この方法は、作業が迅速かつ容易で、船底に新しく破孔ができても送気して排水ができるので、座礁船などの巻き出しには有効である。しかし送気による排水は、破孔の上面までしかできず、気密を保つためには、船体の上部付近は船底部分に比べて軽構造のため、補強工事が必要である。
〔3〕潜水作業 防水と防気の工事は、主として潜水工が潜水病の危険にさらされながら水中で行う。1957年に開発された飽和潜水により深海での作業が可能となったが、潜水後の減圧日数が長くかかり(深度50メートルで2日、200メートルで8日)、かつ減圧タンクなどの施設が必要なため、一般の救助作業には採用されず、ヘルメット式潜水器などがおもに使用されている。ヘルメット式潜水器で10メートル以内の深度で作業をするときは、作業時間により減圧(各深度で止まる)しながらゆっくり浮上する。高気圧作業安全衛生規則(昭和47年労働省令第40号)は、水深10メートル以上の場所における潜水時間(潜降を開始したときから浮上を開始するまでの時間)に関して、潜水深度の区分に応じて、体内ガス圧係数およびガス圧減少時間、業務間ガス圧減少時間、業務終了後のガス圧減少時間などを考慮して、1日における最長時間を定めている。たとえば、20~22メートルの潜水深度で2~2.5時間作業すると、深度6メートルで21分間、深度3メートルで29分間、それぞれ休憩し、上昇時間2分(浮上速度は毎分10メートル以内とされている)を加えて52分必要であり、1日の潜水時間も480分に制限される。また50メートルの潜水深度で60分間作業をすると、深度12メートルで12分間、深度6メートルで27分間、深度3メートルで68分間それぞれ休憩し、合計107分の減圧時間が必要となり、1日の潜水時間も86分に制限される。潜水時間は、深度、労働量、回数、潮流および水温などを考慮して決められる。
〔4〕座礁(州) 船舶が波の静かな所に座州したときは、揚荷すれば簡単に浮揚できる。船底と海底の接触状態が良好のときは、波浪の力を減殺するため船内に注水し船体を重くすることもあり、積み荷が役にたつこともある。接触状態が悪いときは、揚荷または投荷を必要とするので、船舶の周囲を丹念に測深し、海底との接触状態と損傷状態を正確に把握し、早急に船固めを行う。座礁の場合は船体の損傷が悪化することが多く、防水工事も岩礁などのため外部から行うことが困難で、大破口のときは船内から箱形防水を行うこともある。これは水中で船を建造するに等しい難作業である。座州の場合、海底が砂地であると日数がたつにつれて船体が埋まり、ついに救助不能となることが多い。砂地の下に平らな岩盤がある所は座州するに適している。
〔5〕沈没船 沈没船の救助は、船体の損傷、機関および電気設備の水濡(ぬ)れなどのため復旧費がかさむので、経済的制約を受ける。潜水作業では潮流または深度(60メートルが限度)、船体の強度などを検討し、浮揚作業は、次の方法を単独または数種組み合わせて行う。
(1)ポンプ排水 ポンプのサクション・ヘッド(吸入水頭)の関係で、船体の深度8メートルぐらいが限度である。全区画を同時に排水するとフリー・ウォーター(自由水、遊動水)の影響で、船体が大傾斜することもあるので、安定性を検討して、(a)一区画ごとに完全に排水する、(b)クレーンでつる、(c)浮力タンクを両舷(げん)に取り付ける、(d)傾斜を止めるため船体の固定などの処置を必要に応じて行う。
(2)送気排水 浸水区画の破孔をそのままで送気し、逃げ出す空気を上面で押さえて排水する。送気は潜水作業ができる深度であれば可能で、深度が増すにつれて空気は圧縮され、船体が浮上するにつれて圧縮空気が膨張するので、甲板や隔壁の圧壊を防ぐため余剰空気の逃出し孔を設ける必要がある。送気する区画はタンクや貨物倉などであるが、機関室や居住区は開口部が多く、圧力を受ける上部構造が弱いため、補強工事を行う必要がある。
(3)浮力タンク 浮力の補足と傾斜を防ぐため用いるが、種類は浮力50トン型、100トン型などがあり、取り付けに日数を要する。取り付ける場合は、船体の強度、風浪などによる取扱いの難易により、使用タンクと装着方法を決める。
(4)クレーン船 つり上げ能力が約3000トンから各種の型があり、よく使用される。幅が広く喫水が浅いため耐波性が悪く、外洋の航行は低速で困難である。つり上げには、(a)船体の下から台付きワイヤを通す、(b)船体にアイプレート(座板の上に孔のあいた環を突起させた金具)を溶接し、ワイヤを取り付ける、(c)外板や甲板に穴をあけワイヤやチェーンを貫通する、などの方法がある。ワイヤの張力を受ける所は、十分に補強する必要がある。
(5)その他 (a)艀(はしけ)のような台船か機帆船で沈没船をつり、干潮時にワイヤを巻き取り、満潮時に潮高を利用して浮かせ、浅い所へ据えて、次の満潮時に浮揚させる。(b)艀や台船で持双(もっそう)船を組み、ウィンチを据えて、沈没船の外側を回したワイヤを巻き上げる。(c)水深75メートル以上の沈没船は排水浮揚ができないので、吊(つり)船や浮力タンクで引き揚げるか、または造り上げ(船の周りを外板で囲み排水する方法)とする。(d)横転船は、防気ができる区画を送気排水し、船体を大回しに台付きワイヤを取り付け、クレーン船で横転のままつり上げて浅い所へ据(すえ)船とし、その後アイプレートを溶接し、そこに止めたワイヤを巻いて起こし、各区画をポンプ排水して浮揚させる。
[新谷文雄]
一般に海難に遭遇した船舶または積み荷の救助を海難救助といい、商法上は、第三者が私法上の義務なくして、海難に遭遇した船舶または積み荷の全部または一部を救助する場合をさす。この場合、救助契約(請負契約)による救助は含まれない。海難救助に従事した者には当然救助料請求権が与えられるが(商法800条)、救助の仮装による弊害を避けるため、救助が功を奏しなければ救助料請求権は発生しないものとしている。以下の場合、救助者が救助料を請求することはできない。
(1)故意または過失によって海難を惹起(じゃっき)したとき
(2)救助を拒まれたにもかかわらず、しいて救助に従事したとき
(3)救助した物品を隠匿またはみだりにこれを処分したとき
人命のみの救助は海難救助ではなく、救助者は救助料の請求をなしえないが、船舶または積み荷の救助に際し人命を救助した者は、救助料の分配にあずかることができる。救助料の請求権者は、救助に従事した船長、海員のほか、船舶を出捐(しゅつえん)して救助に寄与した船舶所有者である。救助料支払いの債務を負う者は、救助された船舶の所有者および積み荷の所有者であり、人命を救助された者は債務者から除外される。そのため人命救助に備えて海事基金の設定が提案されている。また、救助料の分配基準につき商法に規定がある。なお、1910年(明治43)「海難ニ於ケル救助及ヒ救助ニ付イテ若干ノ規定ノ統一ニ関スル条約」(海難救助条約、大正3年条約2号)が成立したが、わが国はまだ批准していない。そのため同条約は渉外関係だけに適用されており、わが国においてもこの条約に基づく商法海商編の改正が図られている。なお、1987年に本条約改定案がIMOで採択された。
[戸田修三・新谷文雄]
『日本サルヴェージ技術室編『海難の処置と応急マニュアル』(1995・成山堂書店)』
船が海難を起こしたときに,人命,船体および積荷などを救助すること。サルベージともいうが,日本ではサルベージという場合には船体および積荷の救助作業そのものを指すことが多い。
海上における遭難では何よりもまず,危険にさらされている人命を救わなければならない。これは法律上の義務である前に海上の道徳である。欧米諸国では沿岸の有志が自主的な人命救助組織を設立していて,近くで海難事故があると,どんな荒天でも勇敢に乗り出して人命の救助に従事する。これらの組織はきわめて大規模で,ドイツのように多数の優秀な組織自身の救助船艇と司令部をもち,その運営費はすべて民間からの寄付金で維持されている国もある。日本では海上保安庁が専門機関として多数の巡視船艇や航空機を全国の要所に配備しており,その業務の一つとして海難の際の人命救助に従事している。そのほかに〈水難救護法〉によって市町村長や警察官に救助義務が課せられている。民間組織としては日本水難救済会があり,沿岸各地に計約500の支所や救難所を設けて人命救助に備えている。船員については,〈船員法〉で船長に対して自船に急迫した危険がある場合を除き,遭難中の人命の救助に当たる義務を課している。海上における遭難者の救助は一歩誤れば二重遭難となるような状況も珍しくなく,悪条件の下での人間愛の発露の例が数多く伝えられている。人命救助は経済活動ではないので,一般に商法に定める救助料の規定は適用されない。
船体や積荷の救助方法は発生した海難の形態によって多様である。洋上で機関が故障し,近くの自社船に曳航されて救助されるような場合もあるが,大部分の海難救助には専門的技術と器具が必要なため,専門のサルベージ業者が実施する。
(1)乗揚船の救助 砂地に乗り揚げた場合には船底が破壊されていることは少ない。ワイヤロープや錨を利用して船体が波浪や潮差,海潮流によって移動することを防止(船固め)したうえで,積荷や重量物を降ろして船体を軽くし,浮揚した際の船首尾の喫水が適正となるように準備する。そして満潮時に沖合に引き出す。船体が砂浜に平行な姿勢で乗り揚げると,船首尾の船底の砂が海水の作用で運び去られて,船体が山の上に乗った形となって中央部で折れることがある。乗り揚げたまま放置された船体は岸線に平行になるように移動するので,船固めでこの移動を防止するのである。海底が岩のときには船底に破口が生じていることが多い。この場合には船固め終了の後,潜水夫による破口の閉鎖を行ってから船内の海水を排出し,砂地の場合同様,船体を軽くして救助する。
(2)沈没船の救助 沈没船の救助可能な水深は60m前後である。これは水深が60mのとき潜水して作業できるのは約5分にすぎないことによる。甲板が水面上に露出しているか,水面下であっても浅い場合には,船体を水密にしてから船内の海水を排出して再浮揚させることができる。より深い所へ沈没している船の場合は,それが小型船であれば潜水夫による沈没船へのワイヤロープの取付けの後,クレーン船によって途中までつり上げて浅い所へ移動する。そして排水して再浮揚させる。このほか100tくらいの浮力をもつタンクを必要数だけ沈没船に取り付けて浮揚させる方法もある。
(3)火災を起こした船の救助 一般貨物船から出火した場合には注水消火するか,その区画を密閉して二酸化炭素を注入して時間をかけて鎮火させるかのいずれかによる。注水消火の場合には注水可能な水量には限度があり,また注水によって船内に水面が生じ,この水面幅が大きいと,見かけ上,重心が上昇して,船が転覆する危険がある。発火場所が機関室や自動車運搬船の船倉のような場所では大量の泡を注入して消火する方法がとられる。原油や液化石油ガスなどの積荷が火災を起こすと有効な消火は不可能に近く,その積荷が燃えつきるのを待つしかないことが多い。
(4)曳航作業 上述した各ケースとも,大部分はいずれかの時点で安全な場所まで曳航する必要がある。機関や舵の故障で数週間かけて洋上を曳航するような救助作業もある。専門のサルベージ業者は,これらの目的のための遠洋航海可能な高馬力の専用曳船を保有していて,救助の要請があれば直ちに出動できるように用意しているのがふつうである。
救助料は救助契約に基づいて支払われる。原則として救助料は船体や積荷の被救助価格を超えることはない。救助契約は,救助不成功ならば救助料は不要の原則に従った,報酬額未協定のロイズ・オープン・フォームLloyd's open formが一般で,救助報酬は被救助価格を基準にして決定される。この方式のほかに,単に曳航作業だけを被救助船船長の指揮の下で行うことを内容とした契約もある(単純曳航契約)。
執筆者:久々宮 久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…公海上の共同海損については,特約のあるときは法例7条によるが,特約のない場合は不当利得に準ずるものとして旗国法による。海難救助については,救助契約のある場合は法例7条によるが,救助契約がない場合は事務管理の一種とみて共通旗国法,それが存在しない場合は両旗国法を累積する説が従来の有力説である。ただし〈海難に於ける救援救助に付ての規定の統一に関する条約〉(日本も批准し1914年公布)が適用される場合にはこれによる。…
※「海難救助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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