金沢八景(読み)かなざわはっけい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金沢八景
かなざわはっけい

神奈川県東部,横浜市金沢区南東部の平潟湾北西岸の呼称江戸時代に明から渡来した心越禅師が風光をたたえたことから呼称が生じた。都市化で変貌が著しく,工場や住宅地が急増,八景は消失した。付近には金沢文庫,自然公園などがあり,臨海部には野島公園をはじめ,人工砂浜の海の公園や水族館,遊園地などのある八景島シーパラダイスがある。

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デジタル大辞泉プラスの解説

金沢八景

神奈川県横浜市金沢区の平潟湾沿岸の8つの景勝地。江戸時代初期に中国・明からの渡来僧、心越禅師が命名したものと伝わる。洲崎の晴嵐、瀬戸の秋月、小泉の夜雨乙舳の帰帆称名の晩鐘、平潟の落雁野島夕照内川暮雪の8ヶ所で、広重浮世絵などにより広く知られる観光地となった。埋め立てなどにより、現在では当時の面影がほとんど残っていないため、2008年には区民参加により「新金沢八景」が選定された。

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大辞林 第三版の解説

かなざわはっけい【金沢八景】

横浜市金沢区にある、洲崎の晴嵐、瀬戸の秋月、小泉の夜雨、乙艫おつともの帰帆、称名寺の晩鐘、平潟の落雁、野島の夕照、内川の暮雪の八景。明の心越禅師が中国瀟湘しようしよう八景を模して命名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金沢八景
かなざわはっけい

横浜市南部、金沢区の平潟(ひらかた)湾岸の景勝地。京浜急行電鉄本線金沢八景駅付近が中心。平潟湾は波静かなうえに、野島、夏島を控えて好風景が繰り広げられ、瀬戸神社、称名寺(しょうみょうじ)、金沢文庫なども加わって、情趣豊かな好地であった。また鎌倉時代には平潟湾奥の金沢湊(みなと)は、鎌倉と房総半島、東京湾岸諸地との連絡や鎌倉への消費物資の輸送基地をもなしていた。そのうえこの地一帯が北条氏の荘園(しょうえん)でもあったので、将軍をはじめ鎌倉武士の訪れがたび重ねられていた。金沢八景の名は、江戸初期に明(みん)からきていた心越(しんおつ)禅師によってつけられたもので、平潟の落雁(らくがん)、称名寺の晩鐘(ばんしょう)、内川(うちかわ)の暮雪(ぼせつ)、乙艫(おっとも)の帰帆(きはん)、野島の夕照(せきしょう)、洲崎(すさき)の晴嵐(せいらん)、小泉の夜雨(やう)、瀬戸の秋月をいう。江戸時代には鎌倉、江の島、さらに大山(おおやま)と結んで、江戸市民の観光ルートをなしていた。現在は湾岸が埋め立てられ、そのおもかげは著しく失われている。[浅香幸雄]

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精選版 日本国語大辞典の解説

かなざわ‐はっけい かなざは‥【金沢八景】

神奈川県横浜市金沢の景勝地、八か所を選んだもの。元祿七年(一六九四)頃、明の心越禅師が中国瀟湘(しょうしょう)八景に模して選定。洲崎の晴嵐、瀬戸の秋月、小泉の夜雨、乙艫(おつとも)の帰帆、称名寺の晩鐘、平潟の落雁、野島の夕照、内川の暮雪をいう。

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