鉢形城跡(読み)はちがたじょうあと

国指定史跡ガイドの解説

はちがたじょうあと【鉢形城跡】


埼玉県大里郡寄居(よりい)町鉢形にある城跡。蛇行する荒川の切り立った崖と支流深沢川が刻む谷に挟まれた天然の要害にある。南西側の平坦面に大手、外曲輪(くるわ)、三の曲輪(三の丸)の3つの曲輪を配し、北東側に向かって二の曲輪(二の丸)、本曲輪(本丸)、笹曲輪が連なっている。本丸・二の丸・三の丸などには土塁と堀があり、北西側は荒川の断崖に面している。1476年(文明8)関東管領(かんれい)山内上杉氏の家臣である長尾景春(かげはる)によって築城されたのが始まりといわれ、戦乱ののち、1564年(永禄7)に後北条氏の氏邦(うじくに)が入城した。氏邦は城の大改修を行い、上野(こうずけ)支配の拠点として現在のような曲輪や堀をもつ広大な城に拡張され、その後も各地の戦国大名の攻防の場となった。1590年(天正18)の豊臣秀吉の小田原攻めのとき、城は前田利家をはじめとする3万5000人ともいわれる連合軍に囲まれ、氏邦軍3500人が抗戦したが、1ヵ月に及ぶ籠城戦のすえ開城した。1932年(昭和7)、関東地方の戦国時代の状況を示す遺構として、国の史跡に指定された。現在は鉢形城公園として整備され、園内の鉢形城歴史館で往時の姿が紹介されている。東武東上線ほか寄居駅から徒歩約15分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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