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銭大昕 せんたいきんQian Da-xin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

銭大昕
せんたいきん
Qian Da-xin

[生]雍正6(1728)
[没]嘉慶9(1804)
中国,清の学者。江蘇省嘉定の人。字は暁徴。号は竹汀。幼少から神童の誉れが高く,乾隆 16 (1751) 年,乾隆帝に献じた賦によって挙人を賜わり,内閣中書に任用され,西洋の数学,天文学と中国の歴算書を研究し『三統術衍』を著わした。同 19年進士に及第,翰林 (かんりん) 院編修となり,翰林院侍読などを経てせん事府少せん事となった。その間『熱河志』『続文献通考』『清一統志』などの編纂に参与,しばしば科挙の試験官になったが,同 39年広東学政に赴任し,翌年父の死にあい,その喪を機に官吏生活をやめた。余生を江寧の鐘山書院,蘇州の紫陽書院などの院長をして教育にあたりつつ読書,著述に過した。史学に詳しく,『史記』から『元史』までの歴代正史に校定を加えた『二十二史攷異 (こうい) 』 (100巻) を著わした。なかでも『元史』は全面書き直しを試み,そのうち『元史氏族表』『元史芸文志』が残っている。音韻学上にも新説を出し,また学問上の考証を記した『十駕斎養新録』,金石文を研究した『金石文跋尾』,古典に散見する俗語類を集めて考証した『恒言録』など,清朝考証学の代表的著作が多い。詩文にも長じ若い頃沈徳潜 (しんとくせん) に学んで王鳴盛,王昶 (おうちょう) らと「呉中七子」と称された。作品は『潜研堂文集』に収められる。

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デジタル大辞泉の解説

せん‐たいきん【銭大昕】

[1728~1804]中国、の考証学者。嘉定(江蘇省)の人。字(あざな)は暁徴・辛楣(しんび)。号、竹汀(ちくてい)。恵棟の影響を受け、史学の考証にすぐれた。著「十駕斎養新録」「潜研堂文集」「二十二史考異」。

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世界大百科事典 第2版の解説

せんたいきん【銭大昕 Qián Dà xīn】

1728‐1804
中国,清代の学者。江蘇省嘉定県(上海市)の人。字は暁徴,また辛楣(しんび),号は竹汀。乾隆19年(1754)の進士。広東学政を最後に官を退き,紫陽書院などの主講として弟子を教えた。その学問の特色は,考証学風の史学を確立した点にあり,元史の研究および《二十二史考異》の著述,《大清一統志》《続文献通考》の編纂などの成果があげられる。そのほか,天文学,数学,音韻学,金石文の研究でも知られ,随筆風の著述《十駕斎養新録》に収められている。

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大辞林 第三版の解説

せんだいきん【銭大昕】

1728~1804) 中国、清代の学者。字あざなは暁徴・辛楣しんび。号は竹汀ちくてい。「潜研堂文集」「二十二史考異」「十駕斎養新録」などを著し、清朝考証史学を開拓。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

銭大
せんたいきん / チエンダーシン
(1728―1804)

中国、清(しん)朝中葉後期の学者。字(あざな)は暁徴(ぎょうちょう)、また辛(しんび)、号は竹汀(ちくてい)。江蘇(こうそ)省嘉定(かてい)県の人。22歳で蘇州の紫陽書院に学び、呉郡の学者、恵棟(けいとう)に知られる。1751年(乾隆16)乾隆帝南巡のおり召試によって挙人を賜り、内閣中書に任ぜられて都へ出ると、西洋の天文数学を研究して漢の劉(りゅうきん)の暦法の注釈『三統術衍(えん)』を著す。1754年、妻の兄の王鳴盛ほか紀(きいん)、王昶(おうちょう)(1725―1806)、朱(しゅいん)(1729―1781)らとともに進士に及第、翰林(かんりん)(詔勅の起草や編書などをつかさどる皇帝直属の秘書室)の官を歴任して事府(せんじふ)事に至る。その間、皇子に進講し、勅撰(ちょくせん)書の纂修(さんしゅう)にあずかり、郷試(きょうし)の主考官、会試に同考官を務めた。1775年、48歳、広東(カントン)学政の任にいて父の喪にあい帰郷してからは仕えず、紫陽書院などに院長として後進をはぐくみ、名利に淡然として学問に励んだ。その学問は経学、史学、文字音韻、天文数学、地理、金石の諸分野にわたり、該博ゆえに造詣(ぞうけい)深く、清朝考証学における第一人者というべく、その論考はつねに信頼度の高い帰結を導き出している。『元詩紀事』は伝わらないが、『二十二史考異』『潜研堂金石文跋尾(ばつび)』は清朝史学の方法を確立した。『十駕斎(じゅうがさい)養新録』『竹汀日記鈔』は読書考証の箚記(さっき)(筆録)、集は『潜研堂文集』全50巻、『詩集』全20巻。詩人としての名も高い。著述を集刻した『潜研堂全書』がある。[近藤光男]
『『続人間詩話・銭大』(『吉川幸次郎全集1』所収・1968・筑摩書房) ▽『銭大と道蔵』(『吉川幸次郎全集22』所収・1975・筑摩書房)』

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世界大百科事典内の銭大昕の言及

【金石学】より

… 石刻研究は,石刻と歴史文献との差異を考証する方向と,文字を書法,芸術作品として扱う方向に大別される。銭大昕(せんたいきん)《潜研堂金石跋尾》20巻は前者の,翁方綱《復初斎文集》は後者の代表的著述である。石刻研究はさらに進み,畢沅(ひつげん),阮元などの大学者により地方別に石刻を編纂することが行われた。…

【正史】より

…しかし,専門に旧中国のことを研究する者にとって第一の材料である点はまちがいなく,人民共和国でも句読点を打った活字の標点本二十四史を刊行している。 なお唐の顔師古の《漢書注》をはじめ,前四史にはとくに優れた数多くの注釈があり,また銭大昕(せんたいきん),王鳴盛をはじめとした清朝の考証学者たちによって,徹底した本文校訂なども行われている(《廿二史考異》《十七史商榷》など)。さらに,表,志を欠く正史については,その増補がこまかく試みられ《二十五史補篇》として集成されている。…

【文字学】より

…今では王力の29部が最も新しい部分けである。声母に関しては,銭大昕(せんたいきん)が上古においては軽唇音と舌上音のなかったことを明らかにし,章炳麟は娘母と日母のなかったことを明らかにした。その結果,章炳麟は上古の声母を20とし,黄侃は19と定めている。…

※「銭大昕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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