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恵棟 けいとう Hui Dong

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

恵棟
けいとう
Hui Dong

[生]康煕36(1697)
[没]乾隆23(1758)
中国,清の学者。江蘇省呉県 (蘇州) の人。字,定宇,松崖。祖父周てき (しゅうてき) の老紅豆,父士奇の少紅豆に対して「小紅豆先生」と呼ばれた。古学の伝統を守る家に生れ,一度呉江の県学生となったほかは,郷里にあって家学を継承し,呉派と呼ばれて清朝考証学の基礎となる学問を築き,江声,王鳴盛銭大 昕らの門人を育てた。

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デジタル大辞泉の解説

けい‐とう【恵棟】

[1697~1758]中国、の学者。呉(江蘇省)の人。字(あざな)は定宇。号、松崖。父祖を継いで、漢学を研究し、漢代の易学を復興させた。著「周易述」「易漢学」「九経古義(きゅうけいこぎ)」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

けいとう【恵棟 Huì Dòng】

1697‐1758
中国,清代の学者。字は定宇,または松崖。江蘇省呉県(蘇州市)の人。祖父の恵周惕(けいしゆうてき),父の恵士奇(1671‐1741)はともに清代漢学の興隆につとめ,恵棟をあわせて三恵と称せられる。恵棟は経学,史学,諸子学などすべてに通じていたが,特に経学に長じ,《九経古義》20巻を著し,易学では漢代象数易の原理を明らかにした《易漢学》8巻や《周易述》23巻,閻若璩(えんじやくきよ)の尚書偽作説を詳しくした《古文尚書考》2巻がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

恵棟
けいとう
(1697―1758)

中国、清(しん)朝前期の学者。字(あざな)は定宇(ていう)、号は松崖(しょうがい)。江蘇(こうそ)省元和(げんな)県(呉(ご)県)の人。祖父の周(しゅうてき)、父の士奇(しき)(1671―1741)と、学者の続いた家の3代目に生まれ、呉郡恵氏の学、三恵の学とよばれる。漢代の古訓の探究に熱心で、清朝経学が清朝漢学ともよばれる基盤を築き、銭大(せんたいきん)・戴震(たいしん)らの敬意を集める。1750年(乾隆15)経明行修の士を求めるとの詔(みことのり)で、総督が恵棟を推挙した上奏文にあった「博(ひろ)く経史に通じ、学に淵源(えんげん)あり」の句は、いわゆる清朝考証学の基本的性格をよく表現したものとして知られる。推挙には応じたが、すぐ帰郷して著述に専念し、1758年5月22日に卒(しゅっ)した。その著『周易述』は、魏(ぎ)の王弼(おうひつ)の易注が老荘の学にたつのを不満とし、漢代の易学を明らかにする。『古文尚書考』は清初に閻若(えんじゃくきょ)が論証した偽(ぎ)古文の典拠を句ごとに示す。『九経古義』『後漢書(ごかんじょ)補注』『太上(だいじょう)感応篇(へん)注』、王士禎(おうしてい)の詩に注した『漁洋山人精華録訓纂(くんさん)』などがある。[近藤光男]

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世界大百科事典内の恵棟の言及

【易学】より

…明代には来知徳の易注のほかにはみるべきものがないが,天台の教義によって《易》を解釈した藕益智旭(ぐうえきちぎよく)の《周易禅解》が異色である。考証学の栄えた清朝では,易学の分野でも胡渭(こい),恵棟(けいとう),焦循(しようじゆん)などが輩出し,漢易の復元につとめたが,易注を通して自己の気一元論的世界観を展開した,明末・清初の王夫之(船山)が異彩を放っている。なお,スイスの深層心理学者C.G.ユングとその派の人々が《易》のメカニズムに大きな関心を寄せているのは,《易》の現代的意義を考えるうえで注目される。…

【考証学】より

…乾隆・嘉慶年間(1736‐1820)がその全盛期であって,乾嘉の学ともよばれている。 考証学の学派としては,恵棟を中心とする呉派と,戴震を中心とする皖(かん)派に分かれる。呉派が漢儒の学説を墨守し復古を主張したのに対し,皖派は必ずしもそれに拘泥することなく,創造的な研究を推し進めた。…

【呉派】より

…漢代経学者の説,特に鄭玄(じようげん),許慎の解釈を固く尊崇し,宋学をきびしく排斥し,音韻訓詁に長じていた。恵周惕・恵士奇の父子に始まり,孫の恵棟によって基礎が確立し,さらに江南の江声,余粛客,江藩ら,江北の阮元,汪中らに受けつがれた。皖派【坂出 祥伸】。…

【書経】より

…現存の《書経》である。しかし宋の朱熹(子)いらい疑惑がもたれ,ついに清の閻若璩(えんじやくきよ)《古文尚書疏証》と恵棟の《古文尚書考》によって,〈大禹謨〉などの25編は魏・晋のころの偽作であることが論破された。孔安国の伝も偽作ときめつけられ,〈偽孔伝〉と呼ばれるが,《書経》につけられた数多くの注釈のなかでは第一級の価値をもつものであり,朱熹の弟子の蔡沈が作った注釈《書集伝》が新注といわれるのに対して,古注と呼ばれる。…

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