長照寺(読み)ちようしようじ

日本歴史地名大系 「長照寺」の解説

長照寺
ちようしようじ

[現在地名]三島町脇野町

市街地の北方の山手にある。真宗大谷派、本尊阿弥陀如来。寺伝によると、開基善夢は清和天皇の第四皇子貞保親王の後胤にあたる蔵人太夫源通広といい、法然・親鸞を師として仏法を学んだ。名を西仏坊と改め、親鸞の越後配流に随従して越後に入り、親鸞は赦免後の建暦二年(一二一二)信濃国更科郡塩崎(しおざき)に一庵を建立したが、西仏坊はこの庵を信越教化の道場としての康楽(こうらく)寺とした。八代浄証のとき長命(ちようめい)寺の寺号を受け、信濃国井上(いのうえ)郷に長命寺を建立。永禄二年(一五五九)上杉家の招請により越後に入り、三島・古志(こし)・刈羽・蒲原(かんばら)地方への真宗寺院展開の拠点として、古志郡大島(おおじま)郷(現長岡市)に移った。


長照寺
ちようしようじ

[現在地名]長崎市寺町

晧台(こうたい)寺の北にある。光栄山と号し、日蓮宗。本尊は釈迦如来。寛永八年(一六三一)茶屋深入が本蓮(ほんれん)寺の日恵とともに柳屋正兵衛の旧屋敷地に創建、日恵の弟子(法弟とも)の日与を開山とする。この建立で長崎の日蓮宗徒は中島(なかしま)川以東の市民が当寺、同じく以西は本蓮寺の所属となったが、のち市民の任意とされた。延宝四年(一六七六)町年寄の高木彦右衛門永貞が梵鐘を寄進。宝暦四年(一七五四)檀家の瓦屋甚右衛門が敷地を寄進、堂宇の増築を行っており、同一〇年当時は四千七七五坪。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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