森鷗外の短編小説。1913年(大正2)《中央公論》に掲載,同年刊の短編集《意地》所収。細川藩士阿部弥一右衛門は主君忠利の死に際し,殉死を願ったが許されず,生き延びる。しかし卑怯者とそしる藩中の声を聞いて,独断で切腹する。これを発端として,藩の措置を不満とする阿部一族の反抗から滅亡にいたるまでの悲劇を抑えた筆致で描く。封建秩序の内部で制度化した殉死と人間性との矛盾・相克を主題とし,その間,討つ者討たれる者のそれぞれに,武士道の意地をたてとおした侍たちの生きざま,死にざまが点描される。《阿部茶事談》《殉死録》などの細川家文書にもとづき,鷗外のいわゆる〈歴史其儘(そのまま)〉の歴史小説の代表作。
執筆者:三好 行雄
熊谷久虎監督により1938年映画化。東宝・前進座の提携作品。伊藤大輔の〈新時代劇〉,梶原金八と鳴滝組(山中貞雄,稲垣浩ら)の〈髷(まげ)をつけた現代劇〉などに次いで,型にとらわれた時代劇のマンネリズムを打破しようとする流れの中で,衣笠貞之助監督《大坂夏之陣》(1937),木村荘十二監督《新選組》(1937)とともに時代劇に規律と風格をもたらした本格的な〈歴史映画〉として評価された。
→時代劇映画
執筆者:山田 宏一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
森鴎外(おうがい)の短編小説。1913年(大正2)1月号の『中央公論』に発表。寛永(かんえい)年間(1624~1644)に肥後(ひご)国(熊本県)細川藩に起こった、殉死をめぐる悲劇的事件を取り上げた歴史小説。殉死の許しが得られず、死に遅れて批判され、追い腹を切った阿部弥一右衛門、その後の処置に不満の意を表明して、縛り首になった嫡子権兵衛、その結果、家に立てこもって誅罰(ちゅうばつ)されたその弟たち阿部一族。そういう悲劇を、主君側、討手側、他の殉死者側をも絡めて、冷徹な叙事的な筆でつづった、鴎外歴史小説の代表的名作。
[磯貝英夫]
『『阿部一族』(岩波文庫・旺文社文庫・角川文庫・講談社文庫・新潮文庫)』
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