日本大百科全書(ニッポニカ) 「陣内秀信」の意味・わかりやすい解説
陣内秀信
じんないひでのぶ
(1947― )
建築史家。福岡県に生まれる。1973年(昭和48)東京大学大学院工学系研究科修了。同年よりイタリア政府給費学生としてベネチア建築大学に留学。都市の空間構造の中から建築のさまざまな類型を抽出し、都市の有機的な生成と発展を明らかにする建築の類型学(ティポロジア)の手法に触れる。
76年に帰国。同年法政大学工学部建築学科講師となり、留学の成果として『イタリア都市再生の論理』『都市のルネサンス』(ともに1978)を著す。前者では、1960年前後にイタリアで生み出されたティポロジアの研究手法が都市のアイデンティティを描き出すのに有効であり、設計や計画の前提となりうることを、都市思想および都市研究の方法論の変遷を背景に示した。歴史的都市の価値とは何かを論じ、都市再生に結びつける手法を示した先駆的な書物となる。後者は、ベネチア研究に関する最初のまとまった発表であり、83年の学位論文を経て、さらに多様な視点を加えた『ヴェネツィア――都市のコンテクストを読む』(1986)を著した。
一方で、77年に「東京のまち研究会」をつくり、江戸や明治の古地図を手に、学生たちと東京のフィールドワークを開始。その成果は『東京の空間人類学』(1985)に結実し、過去を失った無秩序な都市ととらえられがちであった東京のイメージを一新する。東京の都市空間に「田園都市」山の手と「水の都」下町の二つからなる江戸の歴史的骨格を読み解き、その上に、明治期における敷地の用途や建築の近代化の層、大正後期以降に実施される都市計画の層が重なり合って、現在の姿があることを示す。同論は、80年代の江戸東京論、都市論の興隆の中で広く受け入れられ、なかでも「水の都」としての江戸東京像は、広範な思想的影響を与えた。ティポロジアを基礎としながら、東京という場所の性格に合わせて、建物や都市の可視的な要素ではなく、水や緑、山といった自然の要素をより重視し、人類学や民俗学のアプローチを加えている。同書は85年度サントリー学芸賞を受賞し、95年(平成7)には英訳書が出版された。その手法をふたたびベネチア研究に適用したのが、『ヴェネツィア――水上の迷宮都市』(1992)であり、人類学や社会史の視点を導入して人々の営みと都市空間との関係を考察している。
80年代末からは中国および中東、北アフリカのイスラム世界を調査地として、現地の研究者と共同で各地の都市の読解を開始。この調査からは『北京』(共編、1998)、『イスラーム世界の都市空間』(共編、2002)などの成果が生まれる。
90年代後半からは、南イタリアの調査研究を本格化させる。『シチリア』(2002)は、シチリア島の都市を対象に、その歴史的、空間的な特質を読み取り、ビザンティン、イスラム、ノルマンの異文化を摂取、融合させて独特のアイデンティティをもつ建築・都市の文化が形成された過程を究明している。
陣内の著作は明確な方法論をベースに、街の歴史を生き生きと描き出し、それぞれの個性を目に見えるものとするとともに、表面的な違いを超えた世界的な視点での建築・都市の比較研究の可能性を獲得した。また多数の著書を通じて、歴史的都市の魅力を伝え、その保存的開発への意識を育んでいる。
[倉方俊輔]
『『イタリア都市再生の論理』(1978・鹿島出版会)』▽『『ヴェネツィア――都市のコンテクストを読む』(1986・鹿島出版会)』▽『『都市を読む――イタリア』(1988・法政大学出版局)』▽『『シチリア――〈南〉の再発見』(2002・淡交社)』▽『『東京の空間人類学』(ちくま学芸文庫)』▽『『都市のルネサンス――イタリア建築の現在』(中公新書)』▽『『ヴェネツィア――水上の迷宮都市』(講談社現代新書)』▽『陣内秀信・朱自暄・高村雅彦編『北京――都市空間を読む』(1998・鹿島出版会)』▽『陣内秀信・中山繁信編著『実測術――サーベイで都市を読む・建築を学ぶ』(2001・学芸出版社)』▽『陣内秀信・新井勇治編『イスラーム世界の都市空間』(2002・法政大学出版局)』