深い山の中とか、洞穴の奥など人目につかない地域に存在すると伝えられる理想郷。仙境。米搗(つ)きや機(はた)織りの音が山の中から聞こえてきたり、箸(はし)や椀(わん)が流れてきて隠れ里が発見されたという伝説が多い。敗軍の武士ならびにその子孫が住み着いたと伝えられる山奥の集落は日本の各地にみられ、平家集落などはその代表例といえる。乳母(うば)が子を懐(ふところ)に入れて難を避けた地という「乳母が懐」の伝説を伴う例も珍しくはない。近世中期の『梅翁随筆』には、狩人(かりゅうど)の迷い込んだ谷間に5、6戸の集落があり、そこに住むのは、武田信玄に滅ぼされた小笠原(おがさわら)長時の一族だったという話が出てくる。また、『薩摩(さつま)旧伝集』は、薩摩の武士が暗夜鹿籠(かご)山中に迷い入るが、そこは黄金の屏風(びょうぶ)岩に囲まれた隠れ里で、真冬というのに雪の降る気配さえなかったという話を伝えている。さらに、宮崎県で発見されたとされる隠れ里は、なまめかしい神秘性を備えたもの。霧島山中に掃除の行き届いた邸宅があり、そこには世にもたえなる美女が住まい、終日音曲が奏でられているという。この隠れ里を見た人のうち何人かは再訪を試みたが、二度と訪ね当てることはかなわなかったと伝えられる。『利根川図志(とねがわずし)』巻2に、「野州河合里(やしゅうかわいのさと)より来りてこの村を開くという、村中に隠れ里あり、饗応(ふるまい)ある時はそこより膳椀(ぜんわん)を借り来て……」とある。このように、一般の村人が隠れ里から借り物をする伝説も多い。たとえば千葉県印旛(いんば)郡には次のような話が伝わる。村の中に大きな岩穴があって、昔はそこに人が住んでいた。すばらしい調度品をたくさん持っており、来客や祝いごとがあると貸してくれた……と。三重県多気(たき)郡斎宮(さいくう)の森では、借り物ではなく、隠れ里から献上された絵馬で大晦日(おおみそか)の夜、豊凶を占うという。昔話の「鼠(ねずみ)浄土」や「竜宮城」などを含めて、この種の理想郷伝説は各地でみられる。これは、仏教の浄土思想渡来以前のわが国古来の他郷憧憬(しょうけい)観の産物とも考えられる。
[渡邊昭五]
『「隠れ里」(『定本柳田国男集 5』所収・1964・筑摩書房)』
人間がたやすく到達できない富貴自在な別世界のことで,水底や山中に存在すると想像された。隠れ里は民衆の他界観念の表出したものであり,昔話の鼠浄土や竜宮も隠れ里とされた。膳椀が入用なときに貸してくれたという〈椀貸(わんかし)伝説〉の伴う例も多く,この伝説をもった池,淵,塚穴などは隠れ里への入口だと考えられた。近世の記録には,川の上流から米のとぎ汁や箸,椀が流れてきてその存在を知ったとか,山に狩りに行って偶然に発見したなどというものがあるが,再び行こうとしてもたどりつけないという場合が多い。隠れ里から米つきや機織の音が聞こえることがあり,元旦にそれを聞くと吉兆とされたほか,元日の日の出に隠れ里が垣間見えることもあるという。また隠れ里から取ってきた椀や宝物をもっていると富貴になるという。隠れ里は幻想にもとづいた想像上の世界で,本来実在しないものであるが,奥三面(みおもて)や祖谷山(いややま)など平家の落人伝説をもつ僻遠(へきえん)の村が隠れ里とされたり,地名にも隠れ里という小字が見られる。
執筆者:菊池 健策
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…チベット語で〈肉切包丁の峠道〉を意味するというが,ここは険阻な細い峠道をたどってようやく到達できる秘境であった。このほかにも各種の隠れ里伝説とからんで,この種の〈山中楽園〉は,洞穴や木の根元の穴をくぐり抜けた向こう側にあったり,秘密の谷川をさかのぼったその源にあったりすることが多い。その限りでは楽園は一種の母胎であり,人類の楽園回帰願望は胎内回帰願望だということもできよう。…
※「隠れ里」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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